5-8 休暇の予定 

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  「八月の十日前後に家族全員の誕生日が重なってて、毎年、可能な限りそれに合わせて帰ってるんだとさ。自宅は本人の実家にもカミさんの実家にも近いらしいから、両方に顔出して、早めに墓参りして、混雑する前に戻ってこられる。一石三鳥ってとこだ」 「松永2佐は、それでいいんですか?」 「自宅の遠い奴が優先だ」  第1部長に休暇のスケジュールを譲る羽目になった松永は、小坂の話をしていた時と同じようなセリフを口にして、鼻からため息をついた。 「しかし珍しいよな。同期でトップを走るような人間は、どうしたって市ヶ谷勤務が多くなるのに、日垣1佐はなんでこっちに家建てなかったんだろ」 「東京をベースに地方に単身赴任するほうが、絶対いいですよねえ」  宮崎が松永の言葉に相槌を打つ。すると、直轄チーム最古参の高峰が、口ひげから手を離して、呟くように言った。 「カミさんが地元を離れたがらないらしいですね」 「そいつは……」 「気の毒ですね」  松永と佐伯が、そろって片方の眉をひくりと動かす。 「奥さんの実家の事情なんですかね」 「まあ、子供が中学に入る頃には、どこの家も単身赴任になりますけど」 「それにしても、自宅が地方じゃ単身赴任ばっかりになっちまうだろ? 地方の部隊っていったって、自宅に近い所に必ず勤務できるわけじゃないんだし」 「(ぼう)(ちゅう)(かん)(防衛駐在官)の時はどうしたんですかね。それも単身ってわけには、いかないでしょう?」  在席する一同が声をひそめて疑問を口にしたが、高峰は、「さあ…」と言葉を濁し、それ以上は語らなかった。  会話が途切れたところで、松永は再び、美紗の休暇の件に話題を戻した。結局、彼に押し切られる形で、美紗は八月と九月に数日ずつの休暇を取ることになってしまった。  夏の予定など何もない美紗にとっては、自分の休暇より、第1部長のスケジュールのほうが、よほど気になった。  彼の二人の子供が共に夏の生まれであることは、すでに知っていた。いつもの店で、日垣が水割りを片手にそういう話をしたことがあったからだ。時々前髪をかき上げながら、中学生になる息子たちのことを話す彼は、とても嬉しそうだった。  遠く離れて住んでいても仲の良い家族なのだろう、と思っていたが、彼が、家族全員で互いの誕生日を祝うために休暇のスケジュールを組んでいたとは知らなかった。  彼自身の誕生日も、高峰の話で初めて知った。  知ったところで、美紗には何もしようがない。日垣貴仁の生まれた日を祝うのは、家族だけに許された特権だ。他人である鈴置美紗が、その当日に彼の傍にいることは、許されない。
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