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事業企画課渉外班の席に座る八嶋香織は、前日と同じような地味目のワンピースを着て、なにやらパソコンを操作していた。何事もなかったかのように仕事をしている彼女は、しかし、口を固く結び、ひどく不機嫌そうに見える。
自身が下世話な噂のネタにされていることを、知っているのだろうか。
「妨害なんて、どうすればいいんですか?」
「そうねえ。二人で話してるところ見つけたら、『お疲れさまでえーす』って声かけてやるとか。取りあえず、雰囲気ぶち壊すの」
そのようなことは、鼻息も荒く語る大須賀のほうがよほど適任に思えた。しかし不幸にして、彼女の勤務場所は第1部のひとつ下のフロアにある。
「頼むわね、美紗ちゃん。八嶋香織め、このまま好きにさせてたまるか!」
わざわざ八嶋の話をするためだけに美紗の所に来たらしい大須賀は、古めかしいセリフを残して去っていった。
大須賀から解放された美紗がコーヒーを持って「直轄ジマ」に戻ると、片桐が内局部員の宮崎とこそこそ喋っているところだった。
「それにしても彼女、大胆だねえ」
「僕はもうちょっと控え目なほうがいいっすけど」
「まあ、確かに、職場で目立つのはね……」
「あのテとはうかつに付き合えないっすよ。あっという間に部内で噂になりますから」
下品な笑いを堪えている二人に、美紗は、恐る恐る話しかけた。
「噂って、あの……」
「うわあ鈴置さん! 何でもないからっ!」
フロア中に響くような叫び声を上げた片桐は、椅子ごと後ろに飛びのいた。一方の宮崎は、銀縁眼鏡を直すフリをして表情を隠すと、ひとつ咳払いをした。
「いやいや、ちょっとね。目立つのも善し悪し、って話をしてたんだ」
「そ、そうそう。目立つと周りが迷惑なこともあるなー、って。あ、鈴置さんは全然目立たないから大丈……」
取り繕うつもりの片桐は、余計な事を口走って、左隣にいた高峰に小突かれた。
「迷惑? そう……ですよね」
美紗は小さく呟くと、力が抜けたように椅子に座り込んだ。相変わらず失言の多い1等空尉に高峰と宮崎が盛んに何か言っていたが、美紗の耳に彼らの会話は聞こえなかった。
『知ってた? あいつが日垣1佐に抱きついたって噂』
前日の八嶋香織と第1部長とのやり取りが、どうしたら、そんな「噂」にすり替わるのだろう。
発端は、遠目に二人を見た人間が第三者にその様子を面白おかしく語った、というだけのことなのかもしれない。しかし、話題にあがる人間の社会的地位が高ければ高いほど、無責任な噂話が誹謗中傷のきっかけとなる可能性も高くなる。
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