5-10 新人のバーテンダー 

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  「日垣さんの読みは外れたようですね。珍しいこともあるものです」 「ヨミ?」 「日垣さんは、このひと月ほど、おひとりでいらしてましたが、先週でしたかな、言っておられたんですよ。鈴置さんは新しい『隠れ家』を見つけたんだろう、って」  美紗は、不思議そうにマスターを見た。隠れ家と思う所は、このバーだけだ。あの人に連れられて来たこの場所は、ひとり自宅にいる時よりも、なぜか心が落ち着く。 「自分の役目は終わったらしい、とおっしゃっていましたね」 「役目、ってどういう……」 「さあ、詳しいことは存じませんが、日垣さん、安心したような、少し寂しそうな、お顔をしていましたよ」  六十代とおぼしきマスターは、目を細めてクスリと笑った。そして、美紗が更に何かを問う前に、カウンターの上に置かれたままのカクテルメニューを指し示した。 「今日も、『いつもの』ですか?」  頷こうとして、ためらった。今夜は、マティーニのカクテルグラスだけが独りぼっちで佇むのを見るのは、なんだか、辛い。 「今日は、別のものを……」 「何にいたしましょう?」  問われて、カタカナが並ぶメニューを開いても、マティーニの代わりを急に選ぶことはできなかった。 「私どもに『お任せ』というオーダーの仕方もありますよ。ベースとなるお酒の種類や味のお好みをおっしゃっていただければ、お客様に合いそうなものをお作りいたします」  沈黙したままの美紗に、マスターは優しげにそう言うと、「少しお待ちを」と軽く頭を下げた。そして、カウンターの外に出て、店の奥へと歩いていった。  その姿を横目に見ながら、美紗は大きく息をついた。八嶋香織は、少なくともこの一か月、この店に来てはいないらしい。妙な安心感で、体の力が抜けそうになった。  マスタ―は、三十代前半と思しき年齢のバーテンダーを連れて、カウンターに戻ってきた。 「鈴置さん。こちらは、最近うちで働き始めた新人でしてね」  マスターに続いて、物腰の柔らかな声が「初めまして」と美紗に挨拶した。さほど背の高くないマスターの横に立つバーテンダーは、相対的にかなり上背があるように見えた。黒々とした髪を、マスター同様にオールバックにしている。しかし、目鼻立ちが地味なせいか、どこにでもいるサラリーマンのような印象を受ける。 「カクテル作りの腕は保証します。ただ、彼はまだ、お客様とのやり取りに少々不慣れでございましてね。お嫌でなければ、彼の修行にお付き合い願えませんか? お代は店が持ちますので」
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