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一か月ほど前に、高層ビルの裏手で見た、青い光の海と同じ色だ。青と紺の間のような色合いが、そのままグラスの中に広がっている。小さな泡は、輝くイルミネーションのようだ。
「ウォッカがベースのカクテルに、ソーダを足して清涼感を増してみました。『青い礁湖』というからには、本来はコバルトブルーのような色になるべきなのですが、貴女さまには、より濃い青のほうがお似合いかと思いまして、ブルーキュラソーを少し多めに入れております」
バーテンダーは無機質な口調で語ったが、セリフ自体はなかなか気取っている。聞いている美紗のほうが、気恥ずかしくなってほんのりと頬を染めた。自分をイメージしてカクテルを作ってもらうのは、初めての体験だった。
「あの……、ありがとうございます」
「お口に合うとよろしいのですが」
客の狼狽振りなど全くお構いなしで、バーテンダーは、ゆったりと一礼した。
美紗は、恐る恐るグラスの脚に触れると、吸い込まれそうなほどに色鮮やかな青いカクテルを、じっと見つめた。
「きれいな……色ですね」
バーテンダーがようやく微かな笑みを見せる。美紗はグラスに静かに口を付けた。爽やかな柑橘系の香りに包まれる。レモンの酸味と苦味が炭酸の泡とともにはじけ、それが過ぎると、心地よい甘酸っぱさが口の中に広がっていった。
美紗はもう一口飲んで、カクテルグラスをゆっくりとテーブルに置いた。
改めてその中を見ると、イルミネーションで出来たあの青い海の一部が、切り取られてそこにあるような、錯覚を覚えた。
一面に広がる青と紺の間のような色合いの光が、自分に問いかけるかのように、冷徹な美しさを放っていたことを、思い出す。
心の中で想うだけ、決して伝えずに想うだけ
貴女にそれができるのか
あの人の傍にいるためなら、できると、思っていた。
傍にいられるなら、自分の想いを隠すことなど大した問題ではないと、思い違いをしていた。
好きになってはならない人を黙って想うことが、これほど苦しいとは、想像もしていなかった。
「すみません。そんなに不味かったですか」
ぼそりとした声に、美紗は驚いて顔を上げた。バーテンダーが怪訝そうに美紗を凝視していた。
「いいえ! ……とても美味しいです。どうしてそんな……」
「泣くほど不味いのかと」
言われて、美紗は顔に手をやった。両方の目から、涙がこぼれていた。
「ごめんなさい。……もう、ここには、来られないかもしれないと思って……」
「お引越しなさるのですか?」
美紗はうつむいたまま、頭を横に振った。
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