5-10 新人のバーテンダー 

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       ****** 「あの時のバーテンダーさんが……、もしかして、篠野さん?」  美紗にまじまじと見つめられた征は、「へ?」と素っ頓狂な声を出した。 「そ、そそ、それは、ないですよ。だって、それって、一昨年の夏の話なんでしょ? 僕がここで働き始めたのって、去年の年明けからだし」  丸い藍色の目が、まるで落ち着きなく、くるくると動く。 「そう……ですよね。それに、あの時のバーテンダーさん、富澤3佐と同じくらいの年の人かと思ったから、たぶん、三二、三歳か、それよりもっと上……」 「僕、そんなに老けて見えます?」  憮然と自分の顔を指さしたバーテンダーは、どう見ても、三十過ぎには見えなかった。 「いえっ……。もしかしたら、私より、年下……」 「鈴置さん、今何歳、って聞いちゃダメか」 「二七です」 「じゃあ、僕のほうが下です! 僕、一年半で十歳くらい若返ったってんですか? それって何つうか、ホラーですよ!」  征は、衝立の向こうに聞こえそうなほど大きな声で、はしゃぐように笑った。こげ茶色の髪を揺らす彼は、ますます幼顔になり、バーテンダーの服よりも学生服が似合いそうだった。 「三十過ぎで目立つ色のカラコンしてるなんて、かなりレアですけど、こういう業界では、いるっちゃいますよ」 「そうですか。……バーテンダーさんって、どの年代の方もお洒落なんですね」 「うちのマスターだって、開店の直前まで髪いじってますから」  征は、髪を後ろに撫でつけるジェスチャーをすると、また声を立てて笑った。つられて美紗も少し笑顔になった。 「変なこと言ってごめんなさい。もし、あの時のバーテンダーさんが篠野さんだったら、カクテル言葉を教えてくれてたはずですよね」 「あ、僕がマスターと一緒にカクテル言葉を覚えるようになったのは、半年くらい前からなんですよ。お客さんで、そういうの詳しい人がいて」 「女の方?」 「すっげえデブのおっさん、です」  うっかり地が出た征は、最後にかろうじて丁寧語を付け足すと、愛嬌のある照れ笑いを浮かべた。美紗がクスリと笑うと、彼はますます嬉しそうに話し続けた。 「そのお客さん、婚活中の部下にカクテル言葉をいくつか教えたら一か月くらいで無事に結婚してくれたんだ、って自慢してて、それ聞いたうちのマスターがすっかり喜んじゃって」 「カクテル言葉がきっかけで、結婚?」
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