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「いっとうくうさ? それが日垣さんの役職?」
征は、その言葉を初めて聞いたと言って、藍色の目をくるりと動かした。
「階級のひとつです。あまり一般的な言葉じゃないかもしれないですね。大佐に相当するんですけど……」
「大佐? へえ。日垣さん、なんかすごいんだ! アフリカのどっかで、なんたら大佐って人の国がありましたよね。あ、でもその人、殺されちゃったんでしたっけ?」
征は、そこそこ国際情勢を承知しているようだった。しかし、肝心の部分の認識が全く的外れだ。
「その『大佐』とはちょっと違いますけど……」
美紗は、少し困った顔で、自衛隊独特の階級について説明した。
米軍など海外の軍隊では、佐官は下から「少佐」「中佐」「大佐」と称されるが、自衛隊の場合は、それぞれ「3佐」「2佐」「1佐」と呼称される。尉官なら、同様に、少尉は3尉、中尉は2尉、大尉が1尉に相当する。
正式には、陸海空それぞれの所属を合わせて明示し「1等空佐」などと四文字で表記されるが、日常の会話で階級を持つ個人に言及する時は、より短い「1佐」などを敬称代わりに使うのが通例となっていた。
「じゃあ、日垣さんは、職場では『ひがきいっさ』って呼ばれてるんですか?」
美紗が頷くと、征は、ますます興味津々といった顔で、目をくるくるとさせた。
「なんか面白いなあ。じゃあ、『1佐』という階級の人で、苗字が小林さんだったらどうなるんです?」
「小林1佐になりますね」
「あは、俳句でも詠んでそうな感じ」
征は「古池や~」と口走り、
「あ、これ、小林一茶じゃなかったですね」
と、一人で声を立てて笑った。その屈託のない朗らかな顔に、美紗もクスリと笑みをこぼした。
直轄チームも、いつも、こんな冗談ばかりが飛び交うところだった。そこに配属されるきっかけをくれたのが、1等空佐の日垣貴仁だった。
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