2-3 第1部長の提案 

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 美紗は正直に頷いた。これまで、統合情報局第1部に顔を出せばいつも怒られていた。強面の制服たちが仕事中に茶菓子の話で盛り上がるとは、想像もしていなかった。 「あと、今いないけど、先任の松永3佐と富澤3佐の間に、部員の宮崎(みやざき)さんがいるんだ」  片桐は、高峰の向かいの空席を指さした。 「宮崎さんて、富澤3佐と同じくらいの年なんだけど、ものすごく面白い人だよ」  片桐が言う「部員」とは、防衛省の中でも、国家の安全保障政策を担う中枢機関である内部部局、通称「内局」に属する幹部職員、いわゆるキャリア官僚である。制服を着ていないという点では美紗と同じ「文官」であるものの、主に一般事務を担う「事務官」である美紗とは全く立場が異なる。  そのエリートが若い1等空尉に「面白い」と評されるとは、相当に異色な人物に違いない。  美紗は興味を覚えながら、饅頭を一口ほおばった。その瞬間、再び部長室のドアが開いた。 「お前ら本っ当うるさいな。何食ってんだか知らないが、全部聞こえてるんだぞ!」  イガグリ頭の3等陸佐がずかずかと歩いてきて、饅頭をパクついていた一同の前で仁王立ちになった。  一歩遅れて出てきた班長の比留川は、厳めしい顔をした松永の後ろからそっと腕を伸ばして、箱の中のものを一つ取った。太り気味の2等海佐は、体形が示す通りの甘党らしく、手に取った饅頭をにんまりと見つめている。  その様子をあっけに取られて見ていた美紗に、最後に部屋から出てきた第1部長が、数枚の紙を手渡した。 「鈴置さん、ちょっとこれ見てもらえる? ある国の出来事を取り上げて、それに関する今後の見通しを書いたものだけど、致命的な欠陥があるんだ。細かい事実関係ではなくて、全体の構成……、というべきかな。何が良くないか分かる?」  手渡された文書には、「〇〇国における治安政策に関する情勢分析」というタイトルが付き、各ページの右上には、赤く『秘』と印字されていた。 「私が拝見していいのですか?」  統合情報局より下位の組織に所属する美紗が持つセキュリティ・クリアランス(秘密情報取扱資格)では、原則的に『秘』指定の文書にはアクセスできないことになっていた。 「取りあえず問題になりそうなところは消してあるから、大丈夫だ」  確かに、文書の一部が事前に塗りつぶされた状態で印刷されている。美紗はやや緊張した面持ちでそれを読み始めた。  第1部長は、その様子を横目に見ながら、片桐が美紗に「部員の宮崎さん」と紹介した不在者の席に座った。直轄チームの面々は、上官に土産の菓子をすすめつつ、自分たちも再び饅頭を食べ始めた。
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