3-2 ハンターの眼差し 

3/3

746人が本棚に入れています
本棚に追加
/320ページ
  「本当……。少し、喉が熱くなる感じ」 「中身の七割くらいはウイスキーですから。用心して飲まないと、撃ち落とされて動けなくなりますよ」  征は、右手で銃の形を作り、気取った声でささやいた。しかし、美紗の近くに寄せた彼の顔は、やはり子供っぽく、セリフと雰囲気が全く合わなかった。 「はあ、やっぱり、僕がやってもバカみたいですよね」 「そんなことないですよ。篠野さん、時々大人っぽく見えますよ」  それは本当のことだった。屋上の月明かりの中にいた征は、時折、美紗よりもずいぶん年上に見えた。  屋上から階下につながる階段で、逃げようとする美紗の行く手を遮った彼は、凄みすら感じるような低い声で、弱い存在を弄ぶタチの悪い男のような口をきいた。あの話し方なら、さっきのセリフもかなりそれらしく聞こえるだろう。 「大人っぽく? どんな時にそう見えます?」 「お店に入る前とか……。でも、大人っぽいというより……」  意地悪な感じで怖かった、と言うわけにもいかずに美紗が言葉を選んでいると、征の方が先に自嘲的な笑い声を漏らした。 「いいんです。似合わないの知ってますから。カクテル言葉の話でもしてるほうが、まだマシですよね」 「素敵なお話です。カクテル言葉」  美紗は、深い紅褐色のカクテルを見ながら、表情を和ませた。なぜか心を落ち着かせる、不思議な色だ。  一方、征は、ほころぶような笑顔を満面に浮かべた。 「そう言ってもらえると、嬉しいです。ハンターのカクテル言葉、何だと思います?」 「名前が『狩りをする人』なら、カクテル言葉は……『拘束』かな。それとも、『私のもの』とか……」  美紗は、思い付くままに言ってから、赤面した。あの人のことを「私のもの」などと思ったことは一度もなかった。  なかったつもりだった。  気まずいものを感じて恐る恐る征のほうを見ると、案の定、彼は目を丸くして、美紗をまじまじと見つめていた。 「ごめんなさい。品のないことを言って……」  小柄な体をますます小さくする美紗に、征は慌てて首を振った。 「刺激的な言葉で、いいじゃないですか。でも、正解は、『予期せぬ出来事』です。あまり、カクテルの名前そのものとはつながらないですよね」  美紗は、シックな色合いのカクテルが持つ言葉を口の中で繰り返すと、急に押し黙った。恥ずかしそうな当惑顔が、また曇った。 「何かあったんですか? 予期しなかったこと……」        ******
/320ページ

最初のコメントを投稿しよう!

746人が本棚に入れています
本棚に追加