3-3 1等空尉の不満 

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 3-3 1等空尉の不満 

483aad61-d47a-44c4-81ad-7fac3f35af71  急に欠勤した人間の仕事を第1部長にやらせる、と言い出した直轄班長の比留川2等海佐に、1等空尉の片桐は、大笑いしながらも「それはいくらなんでも」と異を唱えた。 「議事録作るくらいなら、僕やりますよ。たまには活躍して点数稼ぎたいですから」  若い尉官の冗談交じりの提案を、しかし、比留川は渋い表情のまま断った。 「今日のやつはちょっとな……。ああ、それに、相手は海外の『お客さん』だから、ブリーフィングから質疑応答まで全部英語。お前、やれるか?」 「あっ、駄目です」  海外の「お客」と聞いて、片桐はあっさり引き下がった。  出世の登竜門となる教育課程である指揮幕僚(ばくりょう)課程に入るには、それなりの語学力があることも前提条件となっていたが、彼は語学面でもかなり苦労していた。  頼りなげな面長の顔を見て、比留川はまたもやため息をつくと、机の引き出しから官用携帯を取り出した。そして、「調整に行ってくる」と言って第1部の部屋を出て行った。  出入り口のドアが閉まり、自動ロックがかかる音が聞こえた途端、片桐は口を尖らして文句を言い始めた。 「比留川2佐、いつもそうだけど、ホント嫌味。僕の語学検定のスコア知ってて、ああいうこと言うんだから。でも、英語の会議なら、やっぱ日垣1佐に押し付けるのが一番ですよ。僕と違って英語ペラペラだし」 「そうなんですか?」  彼のはす向かいに座る美紗は、相槌代わりに尋ねた。  直轄チームに来た当初は、仕事を覚えるのに精一杯で、一日中ほとんど誰とも話すことなく過ごしていたが、最近になってようやく、おしゃべりな片桐の話し相手をするくらいには、チームに馴染み始めていた。  片桐のほうも、童顔の新米を見るとリラックスするのか、美紗とは好んで雑談した。 「日垣1佐は、確か米留(べいりゅう)(米軍教育機関への留学)してるし、海外派遣で現地LO(エルオー)(連絡官)やったこともあるんだって。1部長の前の前は、欧州のどこかの国の防駐官(ぼうちゅうかん)(防衛駐在官)だったし、英語はうまくて当たり前。何でもできちゃうんだよね、あの人。防大(ぼうだい)(防衛大学校)も、CS(シーエス)(空自の指揮幕僚課程)も、主席卒業だって噂」 「頭良し、見栄え良し、人格良し。三拍子そろって、ホント完璧な上司よねえ」  光沢感のある高そうな背広を着た三十すぎの男が、銀縁のスクエアフレームの眼鏡を手で触りながら、妙な言葉遣いで二人の会話に入ってきた。
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