3-3 1等空尉の不満 

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  「勉強時間がたくさん取れる人はいいですけどね。ここ残業多いから、九時五時勤務の同期に比べたら、僕はかなり不利ですよ。だいたい、尉官の僕がここに来る羽目になったのは、日垣1佐と喧嘩したっていう前任者のせいでしょ。ほんと、ツイてないんだから」 「ツイてるだろ。そのアホのおかげで、未来の空幕(くうばく)長(航空幕僚(ばくりょう)長)と目される人に勉強見てもらえるんだぞ」  険悪なやり取りが始まり、美紗は困った顔で富澤の向こう側にいる宮崎を見た。お洒落にスーツを着こなす部員は、キャスター付きの椅子に座ったまま、その椅子ごと美紗のほうに近寄ってきた。 「うちもさ、今でこそこんなガヤガヤやってるけど、去年の春あたりは、その『アホ』ってのがいたせいで、大変だったらしいよ。僕も、片桐1尉とだいたい同じ時期にここに来たから、直接修羅場を見たわけじゃないんだけどね」  宮崎は、銀縁眼鏡を光らせると、さらに美紗のほうに顔を寄せて、ひそひそと話した。 「ホントは、『直轄ジマ』の空自ポストは3佐相当で、片桐1尉の前任者も3佐だったんだ。だけど、そいつは中身が階級と合っていない、いわゆる問題児だったらしくて」 「何が問題だったんですか?」  美紗は思わず心配顔になった。自分もその「問題児」に当てはまる言動をしていないかと不安になった。何しろ、業務支援隊に所属していた二か月前は、第1部長の日垣に「()のカウンターパート」と、良くない意味で記憶されていた経緯がある。  美紗の疑問に答えたのは、片桐との険のある会話を中断した富澤だった。 「宮崎さん風に言うなら、無能、無責任、おまけに階級主義。三拍子そろって、ホント最悪だった」  富澤は、当時のことは思い出したくもないという様子で吐き捨てるように言うと、ますます仏頂面になった。  代わりに、再び宮崎が事の顛末を美紗に解説した。  問題の3等空佐は、一年前の春に直轄チームに着任し、在階級年数の関係から、先任の職に就いた。  本来ならば、自身の担当業務と並行して、各メンバーの管理を担いつつ班長を補佐しなければならないのだが、不幸なことに、当人は、中央で勤務させるには著しく能力が低く、先を見通して行動できないタイプだった。  更には、プライドばかりが妙に高く、的外れな主張をごり押ししては、直轄チーム全体を無駄に振り回す有様だった。中でも、当時チーム最年少で、中央勤務も初めてだった富澤が一番の被害者となった。  見かねた第1部長の日垣が再三この先任を指導したが、全く改善する兆しがなかったため、結局、着任の数か月後に、当人を空自側に突き返すことにしたのだという。
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