3-3 1等空尉の不満 

5/8

746人が本棚に入れています
本棚に追加
/320ページ
   美紗は、一人残業する自分のところにやってきては仕事の話をする第1部長の姿を思い出した。  日垣は、時々眉をひそめることはあっても、終始穏やかに、どちらかと言えば、笑い話でも披露するかのように、職場の話をあれこれとしていた。  彼の静かな笑顔の影には、数多くの不愉快な出来事があったに違いない。それらをすべて胸の内にしまい、優しい物腰の彼は、日々部下を気遣い、奔走してきたのだろう。 「で、問題の奴はいなくなって良かったんだけどさ、今度は、後任が来ないんだよ。その時の空幕の人事部長が、運悪く喧嘩相手の将補サマの同期だったらしくてさ。いくら年度途中の交代っていっても、あからさまに嫌がらせなの」 「いいトシこいた将官が、ガキみたいだろ?」  目を丸くして話に聞き入っている美紗の横で、富澤が悪態をついた。宮崎は、「ホント、そうよねえ」と奇妙な声色で相槌を打った。 「そのポストをどうするかでまたひと騒ぎして、結局、比留川2佐が、別の部にいた佐伯3佐を期間限定で強引に借りてきちゃったんだ。海同士でやりやすいと思ったんだろうね。その後、少し遅れてきたのが彼と僕」  宮崎は、斜め左に座る片桐と自分を指し示すと、富澤の肩に手を置いて、話しながら肩もみを始めた。 「僕のポストなんて、実は、その時のゴタゴタで作られたんだよ。富さんには悪いけど、僕としては、アホな前任者に感謝してるくらい」  内局の審議官を兼ねる副局長は、決して()()働きをしない人間だった。  問題の先任を第1部から追い出すのに力を貸した彼は、日垣にきっちり人事上の見返りを要求してきた。それまで、制服組のみで固めてきた第1部長直轄チームに、内局の部員を入れることで、情報局内部の現場の動きをより容易に把握しようと、一計を案じたのだ。  そういう意味では、宮崎は、防衛省内部における背広組と制服組の勢力争いの最前線に身を投じる、部内スパイのような立場に置かれていることになる。  残業中に日垣から様々な裏話を聞いていた美紗は、そのことに思い当たり、思わずまじまじと宮崎の顔を見た。  宮崎は、美紗の心の内を見透かしたように、すまし顔を返してきた。 「いろいろ面倒な事情はあるけどさ、僕は、今はすっかり日垣1佐のファンだから。彼が異動するまでは、副局長の期待には応えられないわ」 「俺らからしたら嬉しい発言だけど、なんでわざわざ、そう気持ち悪い言い方するんだ」  嫌そうな顔をする富澤に構わず、宮崎は、「図らずも増員になってめでたしめでたし、でしょ」と話を結んだ。  それに、片桐が早口でかみついた。
/320ページ

最初のコメントを投稿しよう!

746人が本棚に入れています
本棚に追加