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「全然めでたくないですよ。こっちは、ここの空自ポストを守るために、臨時の穴埋め要員みたいに突然送られて来たんですよ。どう考えたって、尉官の僕がこんなとこ来るなんて、おかしいじゃないですか」
「いいじゃない。上級幹部のブレーン役を尉官のうちに経験できて」
「冗談じゃないですよ。他の連中はほとんど九時五時の環境でCSの勉強してるってのに、ここは拘束時間長いから、勉強する余裕なんて絶対無いし!」
声が大きくなる片桐を横目に、宮崎は美紗に向かって肩をすくめると、子供がキャスター付きの椅子をいたずらする時のように、床を足でけって、椅子に座ったまま自分の席に戻っていった。
宮崎の滑稽な様子とは対照的に、富澤は険のある顔を片桐に向けた。
「よく言うよ。それでも彼女と会う余裕はあるんだろ?」
痛いところを突かれ、片桐は露骨にむくれ顔になって口をつぐんだ。
「子供が生まれたら、本腰入れて勉強するチャンスもなくなるんだぞ。くだらない文句言ってる暇なんかないだろ。あまり日垣1佐をがっかりさせるな」
美紗が言い合う二人の間に入るか迷っている間に、富澤は書類ホルダーを持つと、「例の会議に行ってくる」とぶっきらぼうに立ちあがった。
彼がオブザーバーで入るセッションの開始時刻が近づいていた。
三人だけになってしまった「直轄ジマ」で、片桐はまだ減らず口を叩いた。
「何だよ『子供が生まれたら』って。まだ結婚するかどうかも決まってないっての!」
今年二九になる片桐には、将来を意識して付き合う女性がいるらしかった。
「分かんないよ。順番逆になっちゃうパターンも、世の中結構あるからねえ」
宮崎はいささか下品な笑い声を立てた。しかし、相槌を打つべきか困っている美紗が視野に入り、慌てて話題を変えた。
「ここも悪くないと思うけどなあ。僕はね、ここでしっかり経験積んで、将来は情報政策の第一人者として、防衛省に君臨するか政権内部に入り込むつもりですよ」
銀縁眼鏡のレンズを光らせた宮崎は、不敵な笑みを浮かべた。ふざけているつもりのようだったが、口の悪い比留川にも一目置かれている内局部員の発言は、単なる冗談には聞こえなかった。
対照的に、彼より五歳ほど若い片桐は、全く覇気のない顔で、机に頬杖をついた。
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