3-3 1等空尉の不満 

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  「自分の夢に届く能力に恵まれた人がうらやましいですよ。富澤3佐だって、CGS(シージーエス)(陸自の指揮幕僚課程)一発合格でしょう? 僕なんて、正直言って、試験受けるかいまだに悩んでるんですよ。去年までは興味なかったし。将来何したいとかも分からないし、出来ることも少なそうだし。もう焦るばっかで……」  思春期の高校生のような発言を、美紗は眩しそうに聞いた。将来に漠然とした不安と苛立ちを抱きながら過ごした日々が、自分にもあった。  元々おっとりした性格の美紗は、いずれ行きたい道が見えてくるだろうとのん気に構えていたが、父親の失職が、生活のすべてを変えた。  今は、立ち止まれば、その時点ですべてが終わる。 「迷ってるなら、語学の勉強でもしたら? それなりのスコア出さないと、選抜試験を受けられないんでしょ? 受験しなくても役に立つのは間違いないし。いい語学教材教えるからさ」 「宮崎さんのはレベル高すぎて、僕には使えないですよ」  宮崎は、小中学時代の九年間を海外で過ごし、キャリアとして防衛省に入った後も、国費で欧州の大学院に留学し、そこで修士号を取得していた。まさに、片桐がうらやむ経歴の持ち主だ。 「どうせCSに入る奴らなんて、宮崎さんや富澤3佐みたいに何でもそろってる人たちばっかですよ。僕なんか、もし受かっても、後で絶対一人だけ苦労するんだから。英語もイマイチ出来ないし」  片桐は、広い部屋全体に聞こえそうな大仰なため息をついた。宮崎は、美紗に向かって大げさに顔をしかめた。これ以上フォローしきれないと言いたげだ。  美紗は、すっかりふてくされた1等空尉に、遠慮がちに話しかけた。 「片桐1尉、私も海外経験ないんですよ。留学も全然」 「えっ、そうなんだ?」  宮崎と片桐が同時に反応した。 「大学に行っていた時は、家の事情で、途中から学費も何もほとんど自分で工面しなくてはならなくなって、結局、海外で勉強する機会はないまま終わっちゃいました。だから、年単位で留学した友達とは大きく差がついてしまいましたし、経験がないせいでチャンスが来ないというのも、私、分かります。自分のやれる範囲でやっていくしかないですけど……、もどかしいですよね」  留学経験がない、という事実は、曲がりなりにも語学系の職に就く美紗にとっては、ずっとコンプレックスだった。今まであまり話したくないと思っていた過去を、なぜこの場で口にしているのか、自分でも不思議だった。
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