3-4 初めての仕事 

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 一時を少し回った頃、先任の松永が「直轄ジマ」に戻ってきた。松永は、比留川から事の経緯を聞くと、露骨に心配そうな顔をして、美紗の目の前で、件の会議の関連資料をすべてチェックし始めた。  それを、比留川が遮った。 「だいたい、指導役のお前がミリミリと世話を焼き過ぎるから、鈴置がますます萎縮するんだろうが。任せると決まったら、本人が何か聞いてくるまで放っとけって」 「前もって決まってた話なら別にいいですけどね。いきなり行かせても、要領も何も分からんでしょう。鈴置はぶっつけ本番ってタイプじゃないんですから」  美紗は、二人の幹部が言い争うのを、申し訳なさそうに黙って見ていた。松永に何かと気にかけてもらえるのは有難いが、裏を返せばそれは、頼りないという評価の現れだろう。  そんなことを考えていると、背後から急に声をかけられた。 「鈴置さん。急遽、助っ人を頼んで悪かったね。次の時間、よろしく頼むよ」  振り向くと、第1部長の日垣が、濃紺の制服の上着と薄い書類入れを小脇に抱えて、立っていた。  美紗は、必要なものを詰め込んだ書類ケースを抱えて立ちあがった。「よろしくお願いします」と言いかけて、声が尻すぼみになった。  いつも通り穏やかな顔をしている上官が、なぜか少し威圧的に見えた。  面倒見のいい第1部長は、これまでも新米の美紗によく声をかけていたが、二人が仕事上のやり取りをする機会は、実のところ、ほとんどなかった。  これまでの美紗の仕事は、先任の松永との間で完結する補佐的なものばかりだった。厳しい内容を求められても、最終的には、指導役である彼のフォローが入る。その点では、ある意味「半人前」の気楽さがあった。  しかし今回は、自分のやることがそのまま第1部長の評価対象になる。たとえ会議の議事録作成などという些細な事柄でも、無様な失態を披露するようなことだけは、できれば避けたい。そう思うと、美紗の表情はつい固くなった。 「そんなに緊張しなくていいよ。仕事の流れは比留川2佐から聞いたね?」  日垣がにこやかに話しかけると、美紗が答えるより早く、松永が口を挟んだ。 「よろしくお願いします。なにぶん不慣れな奴なんで……」 「それは承知だ。君は指導役というより、鈴置さんの保護者みたいだな」  苦笑する日垣に、松永はイガグリ頭を掻きながら、はあ、と間の抜けた返事をした。 「ほら、言われた。子離れしないと子は育たないぞ」  班長の比留川が得意の嫌味を披露すると、直轄チームはますます騒がしく盛り上がった。  日垣は、最後のセッションに入る松永にいくつかの指示を出すと、「そろそろ行こうか」と美紗を促した。美紗は、背後から聞こえる仰々しい声援に当惑しながら、第1部長の後をついていった。
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