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「相変わらず『直轄ジマ』はにぎやかだな。うちは民間より人間関係が濃いらしいが、私から見ても、あのシマは特別だ」
エレベーターを待ちながら、日垣は静かに笑った。「かえって仕事の邪魔になっていないか」という問いに、美紗は「いいえ」と返しながら、上官をそっと見上げた。
自分のすぐ脇に立つ日垣は、思っていた以上に長身だった。肩の階級章が、目線より十センチ以上は高い位置にある。
これまで職場で見ていた第1部長の姿といえば、部長室で座っているか、美紗の机のそばでパイプ椅子に座っているかの、どちらかだった。彼が妙に厳格そうに見えるのは、やや立ち話がしづらいほどの身長差に慣れていないせいだ、と美紗は思った。
美紗と日垣は、統合情報局第1部がある十三階から一階に降りた。建物を出ると、残暑の日差しが強烈に照りつけてきた。
冷房で冷えた体が汗ばむ前に、隣の棟へ逃げ込むように入る。
セキュリティを通過すると、エレベーターホールの奥に、さらに有人のセキュリティゲートがあるのが見えた。すでに連絡を入れてあったのか、そこの管理者は、日垣と少しやり取りをしただけで、通常は閉鎖されているサイドドアを開放した。
中に入ると、地下階のみに向かうエレベーターがあった。
ここから先にどんな部署があるのか、美紗は全く知らなかった。
この棟でもそれなりの人数が勤務しているはずだが、人の気配を感じさせる物音は、一切ない。知られることを拒否するような静けさが、建物全体に満ちている。
ほどなくして、三基あるエレベーターのうちの一基が到着したことを知らせるチャイムが、ホール中にやけに大きく響いた。
誰も乗っていないエレベーターに、日垣は足早に歩み寄った。その足音も、妙に耳に響く。
この閉鎖的な空間で働く人たちは、一日中、隣の人とすら話すことなく過ごしているのではないだろうか。いや、保全上、話すことを禁じられているのかもしれない――。
「鈴置さん」
やや大きな声で名前を呼ばれ、はっと顔を上げると、第1部長がエレベーターのドアを手で押さえて立っていた。
美紗は、書類ケースを胸に固く抱きしめ、慌ててエレベーターに乗った。図らずも、上官にエスコートされた格好になってしまった。
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