3-4 初めての仕事 

6/9

746人が本棚に入れています
本棚に追加
/320ページ
  「相変わらず『直轄ジマ』はにぎやかだな。()()は民間より人間関係が濃いらしいが、私から見ても、あのシマは特別だ」  エレベーターを待ちながら、日垣は静かに笑った。「かえって仕事の邪魔になっていないか」という問いに、美紗は「いいえ」と返しながら、上官をそっと見上げた。  自分のすぐ脇に立つ日垣は、思っていた以上に長身だった。肩の階級章が、目線より十センチ以上は高い位置にある。  これまで職場で見ていた第1部長の姿といえば、部長室で座っているか、美紗の机のそばでパイプ椅子に座っているかの、どちらかだった。彼が妙に厳格そうに見えるのは、やや立ち話がしづらいほどの身長差に慣れていないせいだ、と美紗は思った。  美紗と日垣は、統合情報局第1部がある十三階から一階に降りた。建物を出ると、残暑の日差しが強烈に照りつけてきた。  冷房で冷えた体が汗ばむ前に、隣の棟へ逃げ込むように入る。  セキュリティを通過すると、エレベーターホールの奥に、さらに有人のセキュリティゲートがあるのが見えた。すでに連絡を入れてあったのか、そこの管理者は、日垣と少しやり取りをしただけで、通常は閉鎖されているサイドドアを開放した。  中に入ると、地下階のみに向かうエレベーターがあった。  ここから先にどんな部署があるのか、美紗は全く知らなかった。  この棟でもそれなりの人数が勤務しているはずだが、人の気配を感じさせる物音は、一切ない。知られることを拒否するような静けさが、建物全体に満ちている。  ほどなくして、三基あるエレベーターのうちの一基が到着したことを知らせるチャイムが、ホール中にやけに大きく響いた。  誰も乗っていないエレベーターに、日垣は足早に歩み寄った。その足音も、妙に耳に響く。  この閉鎖的な空間で働く人たちは、一日中、隣の人とすら話すことなく過ごしているのではないだろうか。いや、保全上、話すことを禁じられているのかもしれない――。 「鈴置さん」  やや大きな声で名前を呼ばれ、はっと顔を上げると、第1部長がエレベーターのドアを手で押さえて立っていた。  美紗は、書類ケースを胸に固く抱きしめ、慌ててエレベーターに乗った。図らずも、上官にエスコートされた格好になってしまった。
/320ページ

最初のコメントを投稿しよう!

746人が本棚に入れています
本棚に追加