3-4 初めての仕事 

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  「海外の人間との会合には、ここを使うことが多いんだ。部外者は完全にシャットアウトできるし、『お客さん』の出入りを気兼ねなく監視できるから、かえってやり易い。今後もこういうことは時々あるから、今回がいい勉強の機会だと思って……」  日垣は、行き先の階数ボタンを押しながら、静かに語った。そして、美紗が気まずそうな顔をしていることに気付くと、柔らかい笑顔を浮かべた。 「君は、思ったことがすぐ顔に出るタイプだね」  午前中、班長の比留川に言われたのと全く同じセリフだ。美紗が返答に詰まると、日垣は、 「細かいことを気にするより、本来の仕事のほうに集中してくれればいい」  と、慰めとも苦言とも取れるような言葉を継いで、手にしていた制服の上着を羽織った。  エレベーターが地下六階に着くと、日垣は先に降り、大股で歩き出した。その後を、美紗は小走りするようについていった。  会議場はエレベーターホールからさほど遠くない位置にあり、廊下を挟んで向かい側に、いくつかの小部屋があった。そのひとつが比留川の言っていた別室なのだろう、と美紗は見当をつけ、会議場のほうに入った。 30279969-9b5a-4ce1-9ad4-f39b8ce300dd  長方形の広い部屋には、幕板付きの重厚な長机と、それに見合う大きな革張りの椅子が、コの字型に配置されていた。すでに、地域担当部所属の佐官たちが、大きなモニターのそばに設置されたパソコンの前で顔を突き合わせ、ブリーフィング画面の最終チェックをしている。  日垣もそこに加わり、持参した画像データを確認しながら、先着の面々と話しだした。  その間、美紗は、比留川に持たされたブリーフィング資料を各席に配った。  自国側の末席に、当該セッションの本来の担当者である高峰3等陸佐の名札があった。彼が急遽欠席になったことが、ロジ担当の事業企画課には伝わっていないようだった。  さすがに、そこに座るのははばかられる。  美紗は、高峰の名札とその傍にすでに置かれていた地域担当部の配布資料一式を手に取ると、日垣のほうを見た。彼は、モニターをチェックしながら、美紗をちらりと見やり、部屋の奥を指さした。  壁際に簡易机があった。美紗は、自分の席を確保してようやく落ち着くと、筆記具類と会議資料の類を机の上に広げた。
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