3-4 初めての仕事 

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 ほどなくして、地域担当部の部長クラス四、五人と共に、米国の「お客」が登場した。先方も、日本側と同じく、陸海空の三軍の制服と背広の人間が入り混じっている。  会議資料に記載された出席者一覧によると、五、六人からなる一行のうちの一人は在京大使館の国防武官、もう一人は在日米軍情報部の人間で、残りは全員、米国防総省隷下にある国防情報局の所属ということだった。  美紗は、談笑しながら着席する彼らのほうを、恐る恐る見た。  相手も主な仕事はデスクワークのはずだ。本来、情報機関に所属する人間は、自らスパイ映画のアクションシーンを演じることはない。そのような「現場の仕事」に携わるのは、通常は、軍か公安の「実行部隊」か、情報機関から報酬を得て活動する部外者である。  美紗もそのあたりのことは承知していた。それでも、目の前に現れた面々が世界最大の情報収集能力を誇る大国の情報関係者、というだけで、緊張感を覚えた。  一方の彼らは、部屋の隅に座る小柄な女性職員には目もくれず、カウンターパートの筆頭である日垣と、ひとしきり挨拶を交わしていた。  両国合わせて二十名弱が揃うと、すぐに部屋の照明が落とされ、午後一番のセッションが開始された。  互いにメンバーを簡単に紹介し合った後、第1部長の日垣が、いかにも手馴れた様子で、相手国向けのブリーフィングを始めた。  防衛駐在官として海外赴任を経験した彼は、英語も流暢なら、話し方も、立ち振る舞いも、実に洗練されていた。柔らかな物腰の中にも、階級に相応しい威厳がある。残業時間中に気さくに話しかけてくる時の優しい表情とは少し違う、引き締まった顔……。  美紗は、モニターを背に淀みなく語る上官の姿にいつのまにか見入っていたことに気付き、慌てて仕事に意識を集中した。  日垣に続き、地域担当部の各部長が担当地域のテロ問題について詳細説明を行うと、会議は質疑応答へと移っていった。  幸いなことに、今回の「お客」は、非英語圏の人間との会議に慣れているのか、無遠慮に早口でまくしたてることもなく、美紗を安堵させた。  後半は、米国側がテロ問題全般に関するブリーフィングと情報提供を行い、それに基づいて、二国間が討議する形式になった。  双方が活発に発言する内容を、美紗は素早く記録していった。午前中の「予習」が効いたのか、討議内容についていくのは予想していたより楽だった。  進行役の日垣は、双方のやり取りをコントロールしながら、時折、両国の言葉で注釈を加えては発言者を補佐し、二か国間の意思疎通を助けていた。
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