3-4 初めての仕事 

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 一時間以上続いた美紗の仕事は、特段の支障なく終了した。  参加者が席を立ち、名刺交換をしながら雑談する中、美紗は、簡易机に座ったまま、ノートに早書きした記録内容をチェックした。第1部長と直轄班長に満足してもらえる出来になったか定かではないが、そこそこ形に出来たという自信はあった。  ほっと小さく息をついた美紗は、周囲が妙に静かなことに気付いた。顔を上げると、部屋の中には誰もいなかった。  半開きになった扉の向こうで、何人かが言葉を交わしているのが聞こえる。そういえば、自国の出席者が退席するタイミングで部屋を出るように、と言われていた。  美紗は、急いで手元の会議資料と筆記具類をかき集めると、それらを書類ケースと一緒に腕に抱えた。会議場に近い別の部屋で、ノートに早書きしたものを議事録に作り直せば、「初仕事」は終わる。  立ち上がって、ふと、コの字型に組まれた机の上に目が留まった。何かの書類が三、四部、置きっぱなしになっている。  地域担当部のどこかが作成した会議資料だった。先のセッションに入っていた者が、余った資料を空いた席に置いたまま、回収し忘れてしまったのだろう。表紙には、赤く「秘」の印字が入っている。  いささか由々しき「忘れ物」だ。誰かに見とがめられれば、担当者は保全上の問題を指摘されて面倒な事態に見舞われるかもしれない。  後で当人にこっそり届けてやろうと思った美紗は、机の上の書類に手を伸ばした。その途端、左腕に抱えていた自分の持ち物が落ち、紙と小さな筆記具類がテーブルの下に散乱した。  先ほど席を立つときに持ち物をすべて書類ケースにしまわず無精したのが、災いした。おまけに、ペンケースのファスナーまで閉め忘れていた。  慌てて落ちたものを拾い集め、書類ケースの中にぐちゃぐちゃに突っ込んだが、今度は、ペンケースの中に入れていたはずのUSBメモリがない。足元を見回しても、スライド式の小さな記憶媒体は、さっぱり見つからなかった。  たとえ中身が空でも、仕事に関するものを無くしたとあっては、「忘れ物」以上に問題になる。統合情報局という特殊な職場ならなおさらだ。  美紗は顔面蒼白になってテーブルの下に潜り込んだ。絨毯敷きの床に顔をこすりつけるようにして、目を凝らした。  探しものは、床近くまである大きな幕板の、少し向こう側に落ちていた。  美紗は、心の中で安堵の溜息をつくと、幕板と床の隙間から手を伸ばし、USBメモリを掴んだ。  その瞬間、部屋が暗くなった。
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