3-6 第1部長の正体 

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 3-6 第1部長の正体 

  「声を立てるな。気付かれる」  日垣は、大きく目を見開いた美紗がわずかに頷くのを確かめると、血の気の引いた小さな顔からゆっくりと手を離した。 「とにかくここを出るんだ」  日垣に腕を掴まれたまま、美紗は部屋の外へ連れ出された。その時、遠くから大声で日垣に呼びかける者がいた。  会議場から十メートルほども離れた小部屋の戸口で、背広を着た男がこちらを見ている。  日垣は、美紗をドアの裏側へ押しやると、声がしたほうに体を向けた。 「もう会議場に入ってもよろしいですか?」  日垣が手を挙げて合図すると、背広の職員は、名札やペットボトルなどが入った段ボール箱を抱えて歩いてきた。やはり事業企画課の所属とみられる彼は、最後のセッションの準備をする係らしい。  近づいてくる靴音が、ドアの影に隠れる美紗の心臓を突き刺すように、コツコツと響く。 「スモーカーの『お客』はどうしてる?」 「一階の喫煙スペースに案内しました。うちの課の人間が一人、ずっと張り付いています。他の『お客さん』は全員向こうの部屋で一息入れてもらってます」  二十代後半とみられる男性職員は、自分が出てきた所のすぐ隣の小部屋を指し示した。  ドアが開けられたその部屋からは、ざわざわと人の声が聞こえる。煙草を吸わない「お客」たちが、コーヒーでも飲みながら談笑しているのだろう。  その中にCIAの人間が混じっていることを、おそらく彼は、知らない。 「そのまま真っ直ぐ歩くんだ。早く」  美紗がはっと振り向くと、日垣がすぐ脇に立っていた。  すでに、先ほどの背広はいなかった。彼は、ドアの影で立ちすくむ美紗に気付くことなく会議場の中に入り、せっせと自分の仕事をしているようだった。  美紗は、足が震えるのを感じながら、そっと歩き出した。自分の不始末について何と説明すべきか、頭の中でぐるぐると考えた。  落とし物をして部屋を出そびれたとは、余りにも間が抜けている。セキュリティ・クリアランス(秘密情報取扱資格)の格上げ手続きも終わらないうちに、統合情報局を追い出される羽目になるかもしれない。  無事に会議場を出られると、今度は情けなさで涙が出そうになった。  うつむいて歩く美紗の前を、日垣は急かすように大股で歩いていく。エレベーターホールが右手に見えてきたが、彼は足早にその脇を通り過ぎた。 「あの……、どこに、行くんですか?」 「次のセッションには松永が来る。奴は勘が鋭い。そんな顔をして、鉢合わせるわけにいかないだろ」  日垣は、青ざめた顔で見上げる美紗に苛立たしそうに答えると、人気のない廊下を無言のまま進んでいった。
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