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「自分がその場に残るより、レコーダーを仕込んだものを置いて出て、後から忘れ物をしたとでも言って回収に戻るほうが、よほど利口だったんじゃないか?」
射るような目つきが美紗の挙動を探っている。
美紗は、自分の身に起こったことを説明しようと口を開きかけた。しかし、焦るばかりで、言葉が出てこない。
「そのUSBはどこだ」
日垣は、固く握りしめられた小さな右手をちらりと見やり、すぐに美紗の顔に視線を戻した。
押しこもった声が詰め寄る。
「持っているなら出せ。指示に従わないなら、君はこの時点でクロだ」
美紗は、催眠術にでもかかったように日垣の目をじっと見つめながら、右手をゆっくりと広げた。マニキュアも塗っていない手の中から現れたスライド式の記憶媒体を、日垣は素早くむしり取ると、それを一瞥して、自分の制服のポケットに入れた。
「レコーダーというよりカメラか? それなら、置きっぱなしというわけにいかないのも分かるな。何を撮っていた」
「そんなこと……してません」
小さく掠れた声が、精一杯反論する。
「そのUSBメモリは、比留川2佐から渡されたものです。比留川2佐にお聞きになってくだされば……」
「中には何も入っていないんだな」
「はい」
「言っておくが、もしこの中に何らかのデータが入っていたら、君は虚偽の申告をしたことになるぞ」
美紗ははっと体を震わせた。午前中、比留川から受け取ったUSBメモリの中身を、事前に確認していなかった。もし、以前にこの記憶媒体を使った人間が何がしかのものを残していたら、自分が相当難しい立場に陥るであろうことは、容易に想像できる。
「あ、あの……私は、まだ……」
慌てて何か言いかけた美紗は、日垣の顔を凝視したまま、凍り付いた。
長身の第1部長は口元に冷たい笑みを浮かべていた。
ターゲットを追い詰めた時の、勝利を確信したような目つき。
これが、彼の「本当の姿」なのか。
美紗は、二、三歩下がると、さっと身を翻した。自由に行動するクリアランスを持たないまま秘匿性の高いエリアに閉じ込められている身では、自力で建物の外に出る手段はない。しかし、そんなことすら完全に忘れていた。
ただ、目の前の日垣貴仁が、怖い。
彼の視線から逃れるように背を向け、足を一歩踏み出そうとした瞬間、恐ろしく強い力が左腕を掴んだ。脇に抱えていた書類ケースが下に落ち、人気のない階段に派手な音が響いた。
「ずいぶん不用心なスパイだな。振り向きざまに下の踊り場まで落ちるところだったぞ」
日垣は、今にも階段を踏み外しそうな美紗の身体を軽々と引き戻すと、そのまま壁際へと突き飛ばした。白黒のチェック柄のワンピースの裾がふわりと舞った。
よろめいた美紗の背中に冷たい壁が当たる。顔を上げると、仁王立ちになった男が、完全に逃げ道をふさいでいた。
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