3-7 スパイ嫌疑 

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  「それで鈴置が帰ったからって、お前が文句たれる筋合いないだろ。だいたいお前さ、あいつの仕事を自分が一番に見られなかったもんだから、それが面白くないんだよな」  比留川にたしなめられ、松永はむすっと口を曲げた。比留川と同じ色の制服を着た佐伯は、困り顔で松永をなだめた。 「鈴置さんも、松永3佐が戻る前に事務所を出るのを気にしてたんですよ。でも確かに、昨日は鈴置さん、妙に疲れた顔してましたね。だから、こちらもせかすように帰してしまったんですが……」  松永は、ふうん、とますますふてくされた返事をすると、佐伯から第1部長室のほうに視線を移した。 「鈴置が日垣1佐と一緒に出たセッション、議題はテロ問題だったな。何かあったんかな」 「でも、日垣1佐から特段の話もなかったんでしょう?」  松永は、まだ納得がいかない様子で頷き、少し間をおいてから、眉をひそめた。 「現場で些細なお小言でももらったんかな。あいつ、どうもメンタルなとこ弱いから」  比留川が、片方の眉をひくりと上げて、松永のほうを見る。 「鈴置、間違いなく、黙って溜めこむタイプだな。こういう時こそ、指導役のお前の真価が問われるんだぞ」 「せめて、片桐くらい口の軽い奴だったら、いろいろ話も聞いてやれるんですがね」  松永はにわかに心配顔になった。  松永に妙なところで引き合いに出された当の片桐は、面長の顔にいたずらっぽい表情を浮かべ、年の近い先輩二人にひそひそと話しかけていた。 「鈴置さん、きっと彼氏のことで、いろいろお悩み中だったんすよ」 「アホか。どういう根拠でそういう推論になるんだ。自分を基準に分析するなって、いつも言われてるだろ」  富澤が呆れ顔で返す一方、宮崎はニヤリと口角を上げた。 「今回に関しては、僕は片桐1尉の推測に一票投じるね」 「ほらあ。宮崎さんが言うんだから間違いないでしょ。で、その根拠は?」  「彼女、今日、腕時計をしてない」  在席していた六人全員が、仕事の手を止め、一斉に宮崎を見た。 「あれ、みなさん、観察が甘いですねえ。彼女、いつもブレスレットみたいな時計してたでしょ。それが、今日は、ない」 「だから?」  片桐が「シマ」全員の疑問を代弁した。宮崎は、銀縁眼鏡を光らせて、ドラマの探偵役よろしく得意げに顎を撫でながら、自分の推理を披露した。
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