3-8 嘘と偽りの世界 

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  「物を無くした、部内情報を外で喋った、という単純な事案なら、迷わず保全課に任せるところだ。だが、今回は海外の『お客』が絡んでいる。紋切り型に処理するわけにはいかないんだ。対応がマズいと国際問題になりかねない」 「あのセッションのことは誰にも話していません。会議場に居残ってしまった不手際は謝罪します。それで……」 「済むんだったら、ああいうことはしていない」  日垣は、形の良い眉をわずかに寄せた。 「今回の件は、うちの保全課に話を入れれば、間違いなく情報保全隊に報告が行く。そうなれば、スパイ行為を前提に内部調査が入るだろう」  情報保全隊は、その名の通り、情報漏洩の防止を任務とする専門部隊で、情報管理のみならず、外部組織の自衛隊に対する諜報活動の監視、さらには、防衛省関係者の身辺調査までをも行っている。必要があれば、自衛隊内での捜査権限を持つ中央警務隊と連携して、部内スパイ摘発を目的とした調査活動を実施することもある。 「私が嘘をついていないと、分かってくださったんじゃないんですか」  心細そうな声がまた泣き出しそうになった。日垣はそれに淡々と答えた。 「情報保全隊は私の権限の外だ。一旦彼らが調査を始めたら、私が何を言っても、参考程度にしか受け取られないだろう。そもそも、君に悪意がないことを証明するのは、かなり難しい。連中は『やった証拠』を探すのが仕事で、無実の証拠集めをしてくれるわけじゃない」  一般的な家庭に育った美紗は、左翼的な団体に関わることもなく、海外に出る機会もないまま、大学を卒業し、その後すぐに防衛省に入っている。国の安全保障上好ましくない人物と接触したことなど、あるはずもなかった。  しかし、それを物理的に証明する手段がない。 「もし故意はなかったと認められても、次には、君の言う『不手際』が追及される。海外の『お客』絡みで、保全上の不手際は本来あってはならない話だ。相手国との信頼関係にひびが入るからね。こういう場合、国家間の関係を維持するために、当事者は大抵スケープゴートにされがちだ」 「再発防止のために、見せしめにされるんですか?」  「どちらかというと、相手国に対するパフォーマンスだ。『わが国は秘密保全に厳しく取り組んでいます』というアピールをするのさ。当事者に妙に重い処分を下してね」  個人を犠牲にして組織の対面を守る、というやり方は、防衛省に限らず、一般の公的機関や民間企業でもありがちなことだ。  日垣は嫌悪感も露わにため息を漏らすと、テーブルの隅で静かな光を放つキャンドルに視線を落とした。
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