3-8 嘘と偽りの世界 

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  「君を直接、統()()局の保全課に引き渡せば、私がああいうことをしなくて済んだんだが……」  顔色ひとつ変えずに嘘を操ってきたはずの男は、目を伏せ、戸惑いがちに言葉を押し出した。 「不愉快な思いをさせてしまって、申し訳ない」  詫びる声は、なぜか、ひどく誠実そうに聞こえた。それはしかし、店の中に静かに流れる物悲しい音楽と混ざり合うから、そう聞こえるだけなのかもしれない。  美紗は、目の前に座る男をこわごわと見た。  やや困惑の色を滲ませる眼差しは、なぜか、とても誠意に満ちているように見えた。しかしそれも、頭上のペンダントライトの落ち着いた灯りのせいで、そう見えるだけなのかもしれない。  戸惑いと安堵が胸の中でぐちゃぐちゃに混ざり、どうしようもなかった。こらえようとしても嗚咽が漏れる。止まらなくなってしまった涙を、美紗は手で何回もぬぐった。  その仕草を、日垣は黙って見ていた。窓ガラスに映る彼の顔は、子供が泣き止むのを待つ父親のようだった。 「お待たせいたしました」  マスターの渋めの声が、二人の間に入り込んできた。日垣が手を上げて合図をすると、衝立の向こうに立っていたマスターは、日垣には琥珀色の水割りを、美紗の前には冷水の入ったグラスと夏野菜がふんだんに盛られたパスタ料理を置いた。 「七階に入っているイタリアンレストランのものですが、こちらが今、女性のお客様に一番人気の冷製パスタなんだそうですよ」  無口そうに見えたマスターは、にこやかな笑みを浮かべた。そして、涙顔を隠そうとする美紗にそれ以上話しかけることなく、静かにその場を離れた。  日垣は、ほっとしたように顔をわずかにほころばせると、温かみのあるアイボリー色のソファの背にもたれた。水割りを少し口に含み、思い出したように、美紗に声をかけた。 「すきっ腹にアルコールはダメだ。それを全部食べたら飲んでいい」  美紗は目の前に置かれた色鮮やかな料理を見つめた。前日の夜からほとんど何も食べられずにいた。一日ぶりの食事となったスパゲティは、清涼感の溢れるスパイスが効いていて、とても美味しかった。  言われたとおりに完食すると、日垣はカクテルのメニューを美紗に見せ、耳に心地よい低い声で尋ねた。 「アルコールは弱くなかったよね。好きなものはある?」  美紗は緊張しながらマティーニを指さした。        ******
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