4-2 理想の先輩 

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  「あの時は他人のプライベートを好きなだけいじってたくせにさ。何言ってんのって感じ。見てて腹立つわホント」 「うちのシマ、いつも変な話しててうるさいですよね。お仕事の邪魔になって、すみません」   かみ合わない美紗の応答に、吉谷は一瞬、沈黙した。若い女性職員が彼氏に振られてすっかり意気消沈している、と「直轄ジマ」の男どもが面白半分に騒いでいたのを、当人はまるで気付いていない。そう察した吉谷は、慌てて話題を変えた。 「まあ、あのクソ先任に頭にきたら、富澤クンのお顔でも見て、気分転換して」 「富澤3佐のことですか?」  美紗から見れば七、八歳は年上の3等陸佐も、大先輩の彼女にとっては、十歳年下の可愛い「富澤クン」になるらしい。 「彼、なかなかのイケメンだと思わない?」 「そ、そうですか?」  予想外の軽い言葉に、美紗はうっかり不同意の意思表示をした。富澤は、確かに陸上自衛隊の制服が似合う男性的な顔立ちだが、巷で言われる「イケメン」のイメージに比して、かなり骨太く、いかつい雰囲気に見える。 「えーっ、全然興味無しなの? 何てもったいない。だったら、私と席替わってよ」 「でも、富澤3佐は結婚してますよ」 「そうだけど、イケメンはイケメン。彼は私の『王子様』だから」  形の良い唇の端を上げて艶っぽく語る吉谷も、実のところ既婚者だ。毎日、ほぼ定時に職場を出て、自宅近くの保育園に子供を迎えに行く生活を送っている。 「私にだって、年下のイケメン君を愛でる権利ぐらいあると思うの。見て楽しい『王子様』でもいたほうが、仕事に来るのが楽しいでしょ」  すまし顔を作る吉谷に、美紗もようやく顔をほころばせた。密かに「王子様」と呼ばれていると知ったら、生真面目な富澤は卒倒するかもしれない。そんなことを思ってクスリと笑うと、胸のあたりが少しだけ軽くなったような気がした。 「しっかし、うちの部は見事にオジサン揃いね。私が昔いた8部と比べると、平均年齢が五歳は違うような気がする。はっきり言って、美紗ちゃん、つまんないでしょ」 「お仕事で手一杯ですから、まだとても……」 「一日中ぶっとおしで仕事ばっかしてると、心がまいっちゃうよ。うつ病防止に、コーヒーでも飲みながら『王子様』見てリラックスできるといいんだけど。美紗ちゃんの好み、いないかなあ。事業企画課あたり、どうだろ」  吉谷は、大きな目をくるりと動かし、頭の中で、第1部所属の男性陣を検索し始めた。目鼻立ちの整った顔がいたずらっぽく笑うと、華やかな空気が辺りに広がる。年齢を感じさせない雰囲気を作り出しているのは、人目を惹くスタイルや優雅に着こなすブランドスーツだけではないのだろう。  美紗は、羨望の眼差しで吉谷を見つめた。「王子様」探しより、吉谷の経歴の方に興味を覚えた。
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