4-3 二度目の会合 

2/6
前へ
/320ページ
次へ
 地下鉄の駅の階段を上がると、「大人の街」が煌めいていた。  二度目に見るその街明かりは、心なしか、温かみのようなものを感じさせた。前に来た時よりも時間帯が遅いせいか、あるいは、十日分だけ季節が秋に移り夜気が少しひんやりとしているせいかもしれない。  高層ビルに散りばめられた光を見上げながら、美紗は吉谷の姿を思い浮かべた。  独身時代の吉谷はおそらく、仕事帰りにこんな街を優雅に闊歩していたに違いない。華やかな中にも落ち着いた空気を抱く夜の街は、外見も中身も洗練された彼女にこそ、似合いそうだ。 「待たせたね」  声のしたほうにはっと目を向けると、目の前に背広姿の日垣が立っていた。大通りを行きかう車のライトに照らされる彼の面持ちは、職場のエレベーターホールで別れた時とは全く違って、ひどく和やかだった。  美紗は黙って日垣を見上げた。彼と合流したらすぐにでも吉谷のことを聞きたいと思っていたのに、問いを発しようとした唇は、急に動かなくなった。  日垣は、「取りあえず行こうか」と言って歩き出した。  人の多い大通りを少し行き、すぐに暗い脇道へと入った。この前は先に立って道を進んだ彼が、今日は真横に並び、小柄な美紗に合わせてゆっくりと歩を運ぶ。  よく見ればこの路地裏にもいくつか飲食店があるが、客が入れ替わる時間帯ではないのか、道を歩く人間は、美紗と日垣の二人しかいなかった。  ゆったりとした革靴の音と、少しテンポの速いパンプスの足音。それだけが聞こえる中、美紗はいつの間にか、吉谷の身上とは少し別のことを考えていた。  この十日ほどの間、自分は日垣に監視されていたのだろうか。上から下まで人脈の広い彼なら、昼休み中ですら、一職員の動向を見張ることくらい造作もない。  やはり本心では疑っているのだろうか。極秘会議に関わる一連のことは他言しないと約束した自分を、信用してくれてはいないのだろうか。  ついさっき見た優しげな顔の裏に、冷ややかな視線が隠れているのだとしたら、怖いというより、なぜか、辛い。  美紗は、隣を歩く日垣のほうをちらりと見た。墨色の上着だけが目に入った。彼の肩が自分の目線よりも上にある。その向こうにある顔は、暗く静かな通りの風情にしっとりと調和していた。  それを乱すのはいけないような気がして、美紗は、開きかけた口を閉じ、下を向いた。  少ない街灯が、二人分の影をアスファルトの上にぼんやりと映していた。  美紗と日垣を迎えたバーのマスターは、前回と同じく、無言で店の奥を指し示した。隣席との間が衝立で仕切られた窓際のテーブル席は空いているようだったが、その周囲の席は、すでに別の客で埋められていた。  日垣は、マスターと少し話すと、美紗を連れて、前回と同じ席のほうへと歩いて行った。  テーブルの上に置かれた小さなキャンドルは、愛らしく火を灯していた。季節に合わせてホルダーが変えられたのか、キャンドルを抱く厚手のガラスからこぼれる光は、温かな黄色味を帯びている。 「吉谷女史に何か聞かれたのか」  幻想的なキャンドルホルダーの光をぼんやりと見ていた美紗は、日垣の声で現実に引き戻された。上官の問いに答える代わりに、店に来る間に抱いた疑問が口をついて出た。
/320ページ

最初のコメントを投稿しよう!

746人が本棚に入れています
本棚に追加