4-3 二度目の会合 

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  「四階に入っている和惣菜ダイニングのお店で、『本日のおすすめ』をお膳風に盛ってもらいました」  天ぷらの奥に陣取る二つの鉢には、美しく盛られた数種類の刺身と優しい彩りの煮物が、それぞれ上品に収まっていた。  カクテルよりも日本酒のほうが合いそうだ。  しかし日垣は、「アルコールは後でいただくよ」と言って、二人分の日本茶を頼んだ。マスターは、ロマンスグレーの髪色に似合う渋い微笑で「かしこまりました」と答え、もう一人の店員とともに席を離れた。 「こういうお店に、お茶も置いてあるんですか?」  美紗が不思議そうに尋ねると、日垣は「どうだろうね」と言って、いたずらっぽい笑みを浮かべた。  美紗の心配は全く無用だった。さほど間を置かずに戻ってきたマスターは、背の高いグラスを一つずつ、美紗と日垣の前に置いた。カクテルのような雰囲気の涼しげな翡翠色の液体は、オンザロック風の緑茶だった。  さっそく刺身に手を付ける日垣の様子を、美紗は珍しいものでも見るように眺めていた。  直轄チームの面々が美紗の歓迎会を開いてくれた時に、日垣も場に入って食事を共にしたはずなのだが、その時はシマの一同がいつにも増して騒がしく盛り上がっていたせいか、彼のことはほとんど記憶に残っていなかった。  今まで気付かなかったが、和食が好きそうな彼は、箸を持つ時だけ、左利きだった。 「吉谷女史は、君のいいメンターになってくれるかもしれないね」  日垣は美紗に食事を勧めながら、吉谷綾子の話を続けた。 「メンター、ですか?」 「一言で言うなら『良き先輩』かな。単に年上というだけでなくて、これまで培った能力と経験を活かして若い者をサポートしてくれるような存在のことを、欧米では『メンター』と呼ぶんだ」  美紗は、ほんのりと湯気の立つご飯茶碗に手を伸ばしながら、吉谷の顔を思い浮かべた。  人の良さそうな大先輩は、有能なベテランであると同時に、しなやかに生きる理想の女性の姿でもあった。しかし、どちらかと言えば内向的な美紗にとっては、自分とあまりにもかけ離れた輝く存在にアプローチするのは、かなり勇気がいる。 「何人かメンターを持っていると、勉強になるし、なにより心強いよ」 「そうですね。でも……」 「人間関係のことでも、直属の上司より、少し距離のあるメンターに相談したほうが、穏便に解決できることが多いと聞く。松永のことで困ったら、どう考えても、比留川より吉谷女史のほうが、相談相手としては適任だ」  まるで、昼の寿司屋での女同士の会話を聞いていたかのような言葉に、美紗は驚いて、食べていたものを喉に詰めそうになった。急いでお茶を口に含んで、みっともなくむせるのだけは免れた。
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