8-10 揺らぐ夜景

5/7
744人が本棚に入れています
本棚に追加
/320ページ
「強力な火力を持つ相手と対峙している時に、政治的な判断をする余裕はない。一瞬でも躊躇すれば、殺られる」  ドキリとする言葉に、美紗は怯えた表情で日垣を見た。遠い昔に要撃管制官として防空の最前線を支える日々を経験した彼の目は、わずかに潤んでいるようにも見えた。 「現場の部隊指揮官は佐官クラスだ。彼らの中には私より若い人間もたくさんいる。その下にいる者たちは、もっと若い。君より若い隊員もいる」 「はい……」 「交戦規定の改定は、政治家にとっては政治生命を左右するセンシティブな問題に違いない。だが、現場で任務を遂行する若者たちは、文字通り命をかけてやっているんだ。そんな彼らを、私は法的に守ってやらなければならない。そのために永田町に来ているというのに……」  耳に心地よいはずの低い声が、深い憂いに満ち、沈黙の中に沈む。  美紗は返す言葉もなくうつむいた。ふいに胸の内に痛みを覚えた。会えない日々の中で常に感じていたそれとは違う、心臓が押しつぶされるような痛み――。 「失礼いたします」  衝立の向こう側から、物腰柔らかな男の声が聞こえた。 「お待たせいたしました」  オーセンティックバーのテーブル席に、握り飯を載せた平皿が置かれた。続いて、味噌汁の椀、新香の入った小鉢、淡い色合いの長湯呑……と和風の器が並べられていく。  最後に銀のピックに貫かれたオリーブを抱く透明なカクテルを美紗の前に置いたマスターは、「お茶は当店でもご用意できますのでご遠慮なく」と言って一礼すると、足早にカウンターのほうへ戻っていった。 「……一人でつまらない話ばかりしてしまったね」 「いえ……」 「取り敢えず、乾杯しようか」  日垣は水割りのグラスに手を伸ばしかけ、その中身が氷だけになっていることに気付いた。店員を呼ぼうと薄暗い店内を見やる。  それを、美紗が止めた。 「今日はもう飲まないほうが」 「まだ一杯目だよ」 「でも……」  思いつめたような目で見つめられた日垣は、苦笑しながらも素直に緑茶の入った長湯呑を掲げた。そして、具沢山の味噌汁の香りに顔を綻ばせた。 「こんなふうに食べるのは久しぶりだ」 「お食事はいつもどうしていらっしゃるんですか??」
/320ページ

最初のコメントを投稿しよう!