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そこで高野が千佳子にそっと耳打ちした。
「多摩先生、自分の姪を入れたかったらしいんです。でも今年の採用は一名だったから枠からはずれたらしくて……」
「ああ、そうか」
千佳子にもまだ小さいが姪がいるので、多摩の気持ちが分からないでもなかった。
しかし、ここで野口に絡むのは筋違いだ。
多摩は切々と言葉を続けていた。野口の表情も段々険しくなっていく。
「俺にはな、可愛い姪がいるんだよ。本当に小さい頃から俺になついていてな……お前よりずっと優秀だよ。お前より大きなコネさえあれば、今頃……」
多摩がそこまで言うと、今度は深雪が2人のそばに来た。
そして多摩の耳元でみんなに聞こえるようにささやいた。
「I don’t give a damn.」
とその時、雑談していた英語担当の教師が一斉に吹いた。
野口は一瞬大笑いしそうになったが、自分で自分の口を押さえた。
多摩は何を言われたのかさっぱりわからない様子だが、自分の隣りに深雪がいるのでまんざらでもなさそうだった。
「深雪先生、なんておっしゃいました?古文の私には英語はよく分からないもので……」
「多摩先生、私のひとりごとですから。それより、お料理も美味しいですよ。せっかくですから、少し召し上がってはどうですか?」
そう言いくるめて、深雪は多摩の腕を取り席を離れた。
ほんの5分くらいの出来事だったが、野口にはすごく長く感じられたのか脱力した様子だった。
千佳子は座布団が空いたので、お冷やを届けに行った。
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