1  私の幸せはひどく遠い所にある

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「佐伯センセ! おはよーーー!」 後頭部に何かが当たった。 「痛ーい! 何すんの!」 佐伯千佳子、私立高校現国教員36歳、女。 生徒のいじられ役で、よく後頭部にモノが飛んでくる。 親愛の情らしく、大きな怪我につながるようなものはない。 千佳子自身、このポジションは居心地が良い。 「千佳子、今日も綺麗だね」 なんて言ってくる男子生徒もいる。 千佳子はいつも、 「知ってる」 と素っ気なく答えているのだが、その冷たさが良いらしい。 千佳子は同年代の女性と比べれば若く見られる方だ。 というのも、同年代の女性は大抵家庭があって子どもがいるからだろう。母なのだから「お母さん」が滲み出て当然なのだ。 千佳子にはそれがない。 「佐伯先生、ちょっと良いですか」 職員室に入るなり、教頭に呼ばれた。
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