1  私の幸せはひどく遠い所にある

7/18
前へ
/114ページ
次へ
「まあ、そういうわけだから」 「……なんとかなりませんか?」 「賃貸なら住宅手当がでますから。おひとりなんですし……ね。宜しくおねがいします」 そう言われてしまうと、どうしようもなかった。 千佳子は、その人はこれから採用なんだし、その言葉を相手に言って欲しいと思った。「おひとり」は除いて。 「はい」 返事をして、席に戻った。 戻るが早いか、隣りの席の高野がこそこそと話しかけてきた。 「佐伯先生、お引っ越されるんですか?」 「……追い出されるんです」 「今月一杯だなんてひどい話ですよね。急すぎますよ」 千佳子は黙って高野の顔をじっと見た。 高野は物理担当の若手の教員で淡いピンクのスーツに今日も完璧なメイクをしている。 興味津々といった様子で、どう見ても面白がっている顔だ。 「ひどいってんなら、どうにかしてよ」 千佳子は、のど元までこの言葉が出かかった。
/114ページ

最初のコメントを投稿しよう!

25人が本棚に入れています
本棚に追加