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「えっ」
「使いなさいよ!」
「ええーーーーッッ!? や、大丈夫。こんな傷は怪我のうちに入らねーよ。要らねーって」
「バカ!」
見事に間抜けな野郎に容赦ないセリフを吐くなよお前ッッ。どうせお前よりもバカだもん、そう少しムッとした時だった。
目の前にいきなりツンの横顔ズーム。手首を捕まれ引き寄せられ、ツンと俺の距離が密着した。
ここから少し離れた場所に生えているキンモクセイの甘くて癒やされる香りを運んでやってきた突風が、佐々木奈菜の黒髪を舞い上がらせた。
でも俺を包んだ匂いは花だけのものじゃなくて。明らかにベリー系のシャンプーの香りも混じる甘い空気の中、風のイタズラで跳ね上げた長い髪の毛が俺の顔を撫でまくった。
くすぐったいのはフローラルベリーの香りがする髪の毛のせいだけじゃない気がする。ああ、泥を付けた手の平をリボン模様のハンドタオルで丁寧に拭き取ってくれてるからくすぐったいのか。
「血が出てるじゃないバカ!」
「や、あっ、まあ不注意っつー事で。でもこんなの大したことないっつーか」
「今度の日曜日にバスケの試合があるんでしょ! 初めてレギュラー取ったんじゃないのバカッッ!」
ザザザーーッ。
これはキンモクセイ?
それともシャンプー?
んにゃ、柔軟剤かもしんない。
朝風の樹木を揺らす音がやけに強く聞こえる静かな校舎裏にて、盛大に視線が泳いでいる彼女とポカーン顔の俺との間を甘ったるい風が抜けて行った。
「え、なんで知ってんの」
「今宮はいつだってクラスの中心で叫ぶから嫌でも聞こえるでしょ!」
「あ、あああーーっ! 本が読めないってキレてた時か! や、マジで、すみません……」
「わっ、私も悪かったわね!」
「えっ?」
「今宮……いっつも1人で黙々と練習してやっとレギュラー取って嬉しかったから騒いでいたのに酷い事言って悪かったわね!」
ザザザーーッ。
痛さと不意打ちと謝罪を怒鳴られたのと、ウットリと心地良い香りがする秋の風。
混じりに混ざりまくった混乱の正体は一体なんなんだろう。
そう思っても今の俺の頭は亜空間状態で少しも通常運転が出来ていないし余裕も無い。
それどころか、未だに頬が赤いってどんだけ一生懸命にペダルを頑張っていたんだコイツ……と、キレ顔の彼女を見つめていた。
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