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「……あずきちゃん」 夏樹があずきの名を呼ぶ。 だけど、怖い。 初めて、夏樹のことを『怖い』と肌で感じた。 でも、 「好きだよ」 夏樹は言って、あずきをもっと強い力で抱きしめる。 あすきは声も出ないほど怯えているのに、 「あずきちゃん」 夏樹は気づいてくれない。 「……」 次の瞬間、 「山下、ここかっ!」 ふすまが、 ――スパーン―― 音を立てて開いて、いきなり懐中電灯の光が部屋を照らした。 暗闇から一転、あずきを直撃したそれは、サーチライトの役割であずきの目を打つ。 あずきはその眩しさに身を起こし、手の甲でまぶたを覆いながら、指の隙間から眼をしばたかせる。 見れば、ふすまを開けたのは、 「……栗下くん」 同期の栗下だった。 確か今夜も定時には出先から戻れず、残業だったはずだ。 どうしてここに? 「山下、大丈夫か?」 部屋の中に乱暴に踏み込んこようとする栗下を、あずきが呆然と眺めていると、  ――グイと、強い力で肩を引かれる。 隣であずきの肩を抱くのは、当たり前だが夏樹だ。 「――あんた、誰だよ」 夏樹の声は唸るように低くなっている。 「邪魔してんじゃねーよ」 夏樹に一直線に睨みつけられ、 「ひっ」 栗下は、凶暴な獣と思いがけなく対面してしまったように、小さく息を詰めた。
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