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ギクシャクと手と足を一緒に出して歩くあずきを、夏樹はこれまた甘やかな眼差しで捉え、騎士さながらの仕草で優雅に右手をさしだしてくれる。
そしてやって来たあずきの手を取ると、ふいに、いい匂いのする長めの赤い髪を近づけて、
「あずきちゃん、ちょっと足の長さが足りないみたいだけど、乗れる?」
「……」
微笑む笑顔はまるで甘いセリフを紡ぐ天使なのに、飛び出した言葉は辛辣な悪魔のセリフ。
「乗れるわよ」
と言い返そうと振り返ったら、その綺麗な顔と直面して、思わずこちらが硬直。
「……」
つい見惚れた自分に、何より一番腹が立つ。
でもまあ、夏樹に比べてあずきの足が短いのは本当だし、怒鳴り声を押し込んで、あずきは夏樹の手を振りほどいて開いた車のドアに手をかける。
勤める会社の正面玄関で、まさか口ゲンカを始めるわけにもいかない。
「……お気遣いどーも。でも大丈夫ですわ、オホホホ」
マンガみたいにふざけて、夏樹の言葉の全部を冗談にしてしまう。
悔しいが、夏樹のことは、いくら叱ってもイタズラを繰り返す血統書付きの高い犬だとでも思おう。
殴れば弁償でこちらが痛い目にあう。
『我慢、我慢……』
しかし、
「――」
夏樹の手を借りずに乗り込もうとした車は、やっぱり車高が高くて、あずきは水揚げされた魚みたいに足をバタバタさせてしまった。
夏樹は顔を背けて、そんなあずきのことを見ないようにしてくれたけれど、
「クッ――」
あの揺れる肩、絶対に笑っている。
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