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終業時間にはまだ30分以上残っているというのに、その浮ついたざわめきは、自然にあずきの耳にも入ってきた。
さわさわ、さわさわと女性たちが顔を寄せ合って噂し合っている原因。
それは、商業複合ビルの正面入口に大きなSUV車を横付けにして、誰かを待っている風情の超絶イケメン。
教えられたあずきは、
『もしや!』
飛び上がって、オフィスの3階の窓ガラスにへばりついて階下を見下ろす。
そこにはやっぱり、
「……夏樹」
長身で赤い髪をした男がひとり、車の助手席側に回って、ビルの正面が見渡せる位置から、車に肩をもたれかけて立っている。
手も足も長くて、投げ出した足をさりげなくクロスして立つ姿は、現在モデルの撮影中ですと言われても、つい納得してしまうくらいサマになっている。
隣で同じようにこの風景を眺めている同僚は、夏樹の周りにカメラやレフ板が無いことの方が不思議そうだ。
そして、あの来生夏樹が待っている相手が、今こうやって窓ガラスに顔をへばりつかせている山下あずきだということを、他の誰よりあずき自身が知っているから、
……恐ろしい。
夏樹をこれ以上人の目に晒せば、間違いなく明日のあずきは質問攻めに合う。
あれは誰だとか、何をしている人だとか、どういう関係だとか……。
思わず震え上がったあずきは、
「とんでもない人に依頼しちゃったかも」
今更ながらに後悔する。
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