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忘れ物、って……ここは僕の教室なのに。何を忘れたんだろう。
僕の疑問に気付いているのかいないのか、夢ちゃんは無言で手を動かしている。
カツカツと軽快な音を立てて動くその手元に書かれたのは、【先輩】の文字。
それだけ書いて、夢ちゃんは俯いた。
「夢ちゃん?」
「……」
呼びかけに応えるようにちらりと少しだけ顔を傾けて僕を見据えて、また俯いてしまう。
夏も終わり、秋が訪れた今、日が落ちてしまえば肌寒くなる。
体操服のままで居る夢ちゃんが心配になって立ち上がれば、ギッと椅子が引きずられた床が悲鳴を上げた。
ブレザーを脱いで肩にかけてあげようと近付くと、小さな声が聞こえた。
「……やだ」と。本当に小さく、消え入りそうな声。
掠めるように触れた肩は冷たくて、言葉を返すのが戸惑われた。
僕の躊躇いを察してか、夢ちゃんは震える手を伸ばしてベルトホールをきゅっと握ってきた。
「叶太くん」
「な、なに……?」
「先輩と、付き合っちゃやだ」
「えっ」
素っ頓狂な声を出して僕より数センチ低い夢ちゃんを見下ろせば、薄暗い教室で彼女の瞳がきらりと光った。
「ぶ、部活の先輩が、叶太くんと付き合うって、」
「えっ!? 何々、どういうこと」
おろおろと慌てる僕を余所に、夢ちゃんは両手で顔を覆って声を上げて泣き出してしまった。
「叶太くんが、好きだ、って、言ってくれたって」
「言ってない!」
何の話なのかさっぱり判らなかったけど、何を否定するべきなのかははっきりと判る。
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