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今、躊躇いを見せたら、幻滅したと肯定したも同然だ。
ゴクンと唾を飲み込み、自分を奮い立たせ、遊歩道の中の水飲み場の水道で大きな鍋を洗っている先輩の背中に向かって歩いていく。
背後に立った気配を察してか、しゃがんだまま振り返る先輩。
「帰れって言っただろ…」
外灯の灯りがかろうじて届くその場所に、僕も一緒にしゃがみ込む
「手伝います。
もう、終電行った後だし、今日、先輩のうちに泊めてもらえますか?」
先輩から鍋とたわしを奪い取り、鍋の底を勢いよく擦り始める僕を、そのままの恰好で見下ろす先輩のイライラが伝わって来る。
「それ、意味分かって言ってんのか?」
ドスの効いた低い声は、高校当時部員全員を震え上がらせた威力を今も失ってなかった。
思わず『すいません』と謝ってしまいそうになるところを必死に堪えて、鍋の水を切る。
「分かってます。
先輩のこと、幻滅なんてしません。
僕は、あの時、相手がテツ先輩ならきっと……
だから、先輩が男でもいいなら……僕は…
先輩こそ、男相手に大丈夫ですか」
虚勢を張り、先輩を睨むように見上げ挑発する。その実心臓はバクバクものだった。
「ハル、お前……
そんな煽るような事言いやがって
…お前、経験あるのか……」
そんなものある訳ない。
だが、やり方なら知ってる。
初めてだと知られたら、無理すんなと追いやられるかも知れない。
だから何としてでも余裕のあるフリをする。
同情と間違えられないように。
僕も、先輩に欲情します、と身を持って証明する。
そう決心していた。
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