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――――
「えっ?」
口の中いっぱいに広がった濃厚な鶏ガラスープの味に、割り込むようにビールの香りと苦みが混ざる。
唇に伝わる柔らかな感触、うごめき吸付くその刺激に頭が真っ白になった。
1時間程前に遡る。
「――おーい友春もう一軒付き合えよ―」
「ごめん、もう電車無くなるんで勘弁して!」
「付き合いわりーなぁー」
すっかり出来上がった二人組に両手を合わせながら居酒屋を後にし、スーツの上に着込んだフード付きコートの襟を立てて足早に駅へと向かった。
歩道には黄色い落ち葉が木枯らしにくるくると舞踊り、自分の吐く息で眼鏡が曇る。
今日の飲み会は高校時代のクラスメートから声をかけられたミニコンパだった。
最近はその手の誘いを断るのが常だったのに、メンバ―にかつてのサッカー部員が居ると聞き、「行く」と勝手に口が動いていた。
思い描いた人物が来る筈は無いと分かっていながら。
それでもかすかな期待を抱いていた事に、さっき飲み会の席で「テツが……」と言う話声が聞こえて来て気付いた。
その名前を聞いて疼いた胸の奥に。
そのうちに思い出の一つとして昇華していくものだと高を括っていたのに。
今、どうしているんだろうか?
それが知りたくて、同時に知るのが怖かった。
高校時代、どれだけ憧れたか分からない先輩。
聞こえて来る噂はどれも、先輩には似つかわしくなくて……
――僕が理想化してるだけで当人にははた迷惑な話だ――
と、自分を諫(イサ)めても当時のままの憧れの先輩で居て欲しかった……。
普段使わない最寄り駅の近くまで来ると、美味しそうなラーメンの匂いが漂って来た。
見ると緑化された遊歩道のそばに屋台の灯り。
そう言えばツマミばかりで大して食べてない。
急に空腹を覚え「ラーメン一杯位食べる時間はあったな」と屋台に向かって歩き出した。
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