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「そうか。
レギュラーにも成れないで、漸く使ってもらえた試合中に怪我して首になったって、言ってた?
やけくそにスカウトに乗っかってモデルしたってのは?
俳優養成所に入ったのも聞いたかな?
それが、只今屋台の親父です。って
ははは」
「コンタクトの必要もないから切れたままなんだ…」等と喋りながらも手際良くスープを作る先輩の姿をコップの陰から伺う。
今日、確かにそれは聞いた。
華々しくJリーグのチームに選手登録した先輩が、怪我に泣き結局選手登録を解除されたこと。
リハビリして再起を目指すもかつてのスピードも、ディフェンスの間をすり抜ける足技も戻っては来なかった事。
『―スカウトされてモデルの真似事をした後、役者に転向しようとしてるらしいが、あのひと、演技なんかできるのか?
バイト三昧らしいぜ。
気障ったらしいモデルをしてた方が良かったのにな―』
とあいつらは言いたい放題言ってた。
……しかし。
ラーメン屋の屋台は聞いて無い。
「先輩、この屋台、バイトにしては異質ですよね?
ラーメンとか、作れたんですか?
教えてくださいよ。
何があったんですか?」
先輩の身の上に、何か悪いことが起きているような気がして、何も知ろうとしなかった自分への後悔も相まって、問い詰める声に怒りやら悲壮感やらが出てしまう。
先輩はチラッと視線を寄越してから一呼吸おき、湯気を上げる鍋に麺を投じると、なんでも無いことのように話だした。
「あー
これね。
ラーメン屋やってた親父がさ、街金に借金作ってたんだ。
今、その親父が入院中で病院の支払いもあるから返済が滞ってー
結局親父の店は担保で取られた……
その街金に、俺が『どうしてもラーメン作りたいから少しの間だけ貸してくれ』って頼んだら
丁度営業権ごとかたにとった小さい店があるからそっち貸してやる、って言われて。
その小さい店がこの屋台だった訳……」
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