恋する5秒前

1/11
前へ
/79ページ
次へ

恋する5秒前

抜足差足でゆっくりと近付いてくる気配がする。フワッと甘い香りがした。 昨日も嗅いだ匂いだが、どこか懐かしい気持ちがする。 「ゆぅぅりっ!」 後ろからギューッと抱きしめられる。 「紫乃さん!」 ちょっと大袈裟に聞こえるくらい大きな声で振り向いた。 ブンブンと私の両手を振り回す。 「昨日はごめんねー。お騒がせしちゃって。いっぱい泣かせちゃったねぇ」 紫乃さんは笑いながら申し訳無さそうな顔をした。 「もうゴメンは無しです!紫乃さんが戻って来てくれて本当に嬉しい!」 「ゆぅぅりぃぃ」 涙目になりながらまた私を抱きしめる。 おーい。紫乃さーん! 厨房の外から店長の声が聞こえた。 「私昨日雑用でも何でもやります。って言っちゃったでしょ? だから朝からこうちゃんにこき使われてたーいへんっ」 と言いながらも喜んでいるようだ。 また後でね! と言って足早に厨房を出た。 シーン 仕込みをしている私達には気まずい雰囲気が流れていた。 「あの!すみません。」 「……。」 「あの!!すいません!!」 「……。」 「あっ!痛っ!」 と言って指を押さえた。 「どうした!?大丈夫か!?」 慌てた様子で楓君が駆け寄ってきた。 手の平をヒラヒラとかざしながら 「やっと話してくれた。」 と怒った様子で言った。 「お前!いい加減にしろよ!」 「いい加減にするのはそっちでしょ。私達は同じ職場で働く仲間なんだから無視はないんじゃない? それとも大好きな彼女に私と話さないでって言われた?」 ちょっと間があいてから 「そんなこと…言われてない…」 楓君は少しだけ寂しそうに答えた。 「彼女って何歳なの?」 今度はかなり間があり 「18」 と楓君は答える。 「18!?それって犯罪なんじゃ…」 言いかけてから、あっ18歳ならギリギリ大丈夫か。と独り言を言った。 「確かに18歳なら職場での女関係とか気になるかもしれないわね。」 と21歳の女が偉そうに言う。 「でも、彼女にちゃんといっておいて! 私達はそんな関係じゃないし、私が楓君の事を好きになることは絶対無いって!」 楓君は私を見て何か言いたげに口を開けたが、すぐに口を閉じて持ち場に戻って行った。
/79ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加