3人が本棚に入れています
本棚に追加
目覚めた翌朝
昔から、夢と現実の区別はすぐにつく性質だった。
どんなにリアルな夢でも、これは現実じゃないという判断ができ、それは必ず当たっていた。
だから判る。これも夢だと。といっても、状況的に、これを俺が現実だと信じる余地はないのだけれど。
夢の中で俺は幼稚園児くらいの子供に戻っていた。
自宅の庭にいて、じっと蟻の巣を見ていたが、やがてジョウロを持ってくると、巣穴に水を流し込み始めた。
子供特有の嗜虐心で行う、当人にはささやかな悪さ程度の非道。
昔はこんな真似を普通にしていたのかもと思うと、いたたまれない気分になる。
これは総て夢だと判るが、行動を変えることはできないし、自発的に目覚める方法もない。
だから早く目が覚めればいいと、ただ思った。
そんな夢から覚めた朝、庭を見ると、二、三日前に見つけた蟻の巣が水浸しになっていた。
その日からどれくらい経っただろうか。
夢の中で、俺はくたびれた中年女性になっていた。
鏡などを見る機会がないが、多分見たとしてもそこに映るのは、俺が女装しているとか顔はこのまま女になっているとか、そういう姿ではない。おそらく俺は、自分でも知らないどこかの誰かになっているのだろう。
その、夢の中で演じる誰かの思考が俺の意識を憂鬱にさせた。
共働きなのに、夫は家事も育児もこちら任せで、稼ぎはパチンコに注ぎ込む有り様だ。しかも咎めれば暴力を振るう。
それに耐えられなくなり、夫を刺した。
夢の中とはいえ、いやな感触がいつまでも手に残った。
その翌朝、新聞で、どこかの中年夫婦の奥方が自分の夫を刺殺したという記事を読んだ。
そこからまた時は過ぎ。
夢の中で、俺はどこかの国の最高権力者になっていた。
世界の総てを欲する野心家なのに、世界の何をも信じられない疑り深い小心者で、周囲の意見に耳を貸さないばかりか、勝手な被害妄想で自身を負い詰め、しまいには、決して押してはいけないボタンを押した。
…もう、一生目覚めなくてもいい。このまま世間的には植物人間と呼ばれる、永遠の夢の世界の住人になっても構わない。
俺の夢よ、覚めるな。朝など来るな。
このボタンが押された後の世界など知りたくはない。
目覚めた翌朝…完
最初のコメントを投稿しよう!