プロローグ

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午後14時58分。 まだ授業も終わらぬそんな時間に、 先輩と私はひとつの教室の前で立ち止まった。 取っ手に手をかけ、その扉を横に引く。 そんな幾度となく繰り返した動作を、なぜか先輩は渋った。 「ひとつ、話しておけなればならない」 大仰なその言葉から、 先輩が言葉を探しながら言っていることがわかった。 いつも適当な、 消費税よりも少ない稼働率で生活している先輩が、 言葉を探している。 手を後ろに組み、姿勢を正した。 「ちょうど一年前、  今お前がたっている場所に、私が立っていた」 いつも凛として響く先輩の声は、 湿りを帯びていた。 「そして、私が立っているところには、  先代の生徒会長が立っていた」 少し言葉を切る。 息を止めて、それからゆっくり吐き出して続けた。 「今は私がここにいて、十日がそこにいる。  だから、これは義務だ。ここに立つ者の義務だ。  先代が私にそういったように、私もお前にそう言おう」 科白がかった、言葉。 多分、先代の言葉。 「ここから先にあるのは毒だよ。  それをどう感じてもいい。  ただ、必ず飲み込むんだ」 朗々と、その科白を読み上げる。 「わからなくてもいい。  でも覚悟だけはしておけ。  この先、何が起こってもいいように」 「はい」と答えた。それから「でも」と言った。 「会議まではまだ1時間もあります。いまから気を張らずとも」 ―――それがもう、    どうしようもなく甘いんだよ ざらざらした声。 振り返り向けられた顔。 薄い茶色の虹彩に黒の線が放射状に入っている。 その真ん中に、お負い隠せなかった隙間のように、 真っ暗な楕円球が覗いている。 人為らざるものの眼。 思わず、息を呑む。 「鍵」 そう言われて、慌ててポケットからその教室の鍵を出した。 「違う、もう開いている。誰かいるのだろうな」 そんなはずは無い。 この教室は常に鍵がかけられているはずだった。 そうして、その鍵は手元にある。 開いているはずがない。 「つまりはそういうことだ。  授業時間だろうと、  1時間前だろうと関係ない。  これはそうものだ」 自分の認識の甘さに歯噛みしながら、 苦さを飲み込んで「はい」と答えた。 それを見ると、前を向いた。 そして、扉を開けた。
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