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「橘さんでしょうか?」
次に声をかけてきたのは、喪服を着た親子だった。
父親の方はメガネを掛け、憔悴の表情を浮かべている。結婚式で見た時よりかなり老けてしまっている。
子供の方は、未だに泣き止むことが出来ず、喪服の裾を目にあてがって堪えている。
そうだ、私よりもこの人たちのほうが辛いのだ。
「はい。橘です」
私のガラガラの声に少し戸惑いながらも、達央さんは私に自己紹介をする。
「夫の達央です。こっちは娘の香織です。今日は妻のためにご足労頂きまして、ありがとうございます」
「いえ。先輩にはお世話になりました」
「妻からよく聞かされました。良くしてくれる後輩だと」
「そんなこと…ありません。私のほうが先輩には迷惑をかけっぱなしで」
「今日は葬儀のこともあって、簡単にしか挨拶できませんが、電話でもお願いした通り、後日会っていただけますでしょうか?」
そういえば、あの日電話でそんなことを言っていたような気がする。
「構いませんが、どんな用事でしょうか?」
すこし怪訝な態度になってしまったが、私と先輩には、会社の関係しかない。
私よりも、話をしなければならない人が他にいるのではないだろうか。
「今はお話することが出来ませんが、妻のことでお伺いしたいことがあるのです。どうか、よろしくお願いします」
弱々しいお願いではあったが、わらにもすがるような思いで言っていることが受けて取れた。
私のことで、なにかがあったのならば、私も先輩の死に無関係ではない。
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