人身事故

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 結局1時間も遅れて出社すると、私以外の人はすでにパソコンに向かって一心不乱にキーボードを打っていたり、書類をコピーしたり、電話をかけたりと忙しくしている。 私も他の人の迷惑にならないように、上司に頭を下げると荷物を置き、パソコンの電源を入れる。 もうすでに最新とはいえないパソコンは起動までに時間が掛かる。 まだブラックアウト状態のディスプレイには、折角のメイクが崩れた疲れた女の顔が写り込んでいた。 声にならないため息をついた時に、災難だったねと声をかけてくれたのは、この会社で私が一番お世話になっている先輩の中川夏海さんだった。 「最近、多いよね。人身事故」 自分のキーボードを叩きながらも後輩を気遣ってくれる中川先輩は、男子には勿論だが、女子にもファンが多い。 と言うのも、この人に指導してもらった女子がほとんどなのだ。 「こっちに出てきてから、もうほぼ毎日ですよ。なにが悲しくてそんなに死に急ぐんですかね」 「さぁねぇ」 私のぼやきを、すこし苦笑交じりに流しながら、自分の仕事を確実にこなしていくのは、やはり慣れというものなのだろうか。 すると、一瞬手を止めて真面目な顔をして私の顔を眺めてくる。 「なにかあったら相談しなさいね」 笑顔でそれだけ言うと、またもキーボードを打ち出した。 これは私がそうなるかもしれないということなのだろうか…?
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