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悪霊達が吠え立てている。
海上は彼等の魔詩(まがうた)のせいで、激しい嵐になっているだろう。
今夜も多くの船が海に沈む。
多くの人間達が海に沈む。
一片の光も射さぬ深い深い海の底で、海神・青の女王はゆるりと瞳を閉じた。
聞こえる。聞こえてくる。
波濤に飲まれし者達の声が。
私を呼ぶ声が。
自分の運命を呪う声。
受け入れねばならぬ、その最後の時を怖れる声。
この青く暗き水の中一杯に。
「おいで。海に還りしものたちよ」
紺碧の髪を波打たせ、青の女王は白き腕をどこまでも広げた。
「私の所へ来るのです。怖れるものは何もない――」
無数の真珠の泡が海神の白き腕から溢れた。
青の女王から生まれでたそれらは、海を漂う哀れな者達を一人また一人と静かに包み込んでゆく。
虹色に揺れる泡に包まれた彼等は眠りにおちていた。
男も女も子供も大人も老人も――。
赤子のように無垢な笑みを浮かべ、青の女王の腕に抱かれている。
「汝らの悲しみと苦しみ。憎しみと恐れは私がすべて受け取った。さあ……再び天に昇るのです」
海の泡と化した魂を最後にもう一度胸に抱くと、海神はそれらを優しく解放した。
青い青い海面へと昇っていく彼等を迎えるために、天神が導きの光を降り注いでいる。
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