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刹那。
青の女王は気付いた。
自分の白き指を擦り抜けた存在に。
「どこへ行くのです。私の元に来るのです!」
青の女王は真っ暗な海の底へ落ちていく、ひとりの青年に向かって手を差し伸べた。
けれどその体は、青の女王の指を再び擦り抜けて、下へ下へと落ちていく。
『あなたの慈悲はいらない』
はっきりと青年の心語が聞こえた。
迷いも死への恐れも抱いておらず、強い拒絶に満ちた心語だった。
青の女王は一瞬動揺した。その場に立ち尽くし、青をいくつも重ね闇のように暗くなった海の底を見下ろした。
青年は吸い込まれるように落ちていく。仰向けのまま一直線に。
月影色に輝いていた長い金髪も、青白い端正な顔も、そして高貴な出自だとわかる瑠璃色の衣装も――迫り来る闇のせいで色彩を失いつつある。
「何故私の救いを拒む。人の子よ」
青の女王は神に背を向けた青年の姿をじっと目で追った。
「海に飲まれたものは死の恐怖のあまり私の慈悲を乞う。それなのに、お前は――」
青の女王はふっと溜息をついた。
珊瑚色の唇から小さな泡がこぼれて海面へと昇っていく。
何故かあの青年だけはこのまま海の底へ行かせたくないと思った。
あそこへ落ちたものは海神であろうと、その魂を救うことができないからだ。
「……」
最後の手段を用いるべく、青の女王は再び青年の元へと水をかいた。
両手を伸ばして落ちてくる青年の体を受け止め、魂がすりぬけていく前にその時を止めた。
海神の力は海の中の時をも支配する。
ふわり。
仰向けに横たわる青年の体が沈むのを止めて宙を漂った。
青年の時だけが止まっている。
青の女王は両手に青年の体を抱くと、自らの住まう塔へと帰還した。
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