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「何故私をここに連れてきたのですか?」
青年は疲れたように目を伏せ息を吐いた。
青の女王は静かにその隣へ立った。
「私の役目は海に飲まれた者の魂を転生の輪に還すこと。そなたは自らの意思で私を拒み、そのまま海の底へ落ちていく所だった」
青年はそっとまぶたを開いた。
海の中では決して見ることのない地上の緑――それらを育む風の色。
そんな目の色をしている。
鮮やかな翠の瞳は美しかったが、青の女王の胸中はさざなみのようにざわめいた。
この青年の心には確かに深い悲しみがあると、かの瞳の中に見い出したからである。
「いや、むしろそれが望みなのです青の乙女。今からでも良い。私を解放して下さい」
青年の瞳は今だ空虚な光を宿していた。青の女王は紺碧の髪を震わせた。
そんなことを、未来永劫続く苦しみを自ら望む彼の心が理解できない。
「海の底に落ちた魂は私でも二度と救うことができない。よって転生の輪に還ることもできず、いつしかそれは闇に蝕まれ悪霊となる。悪霊は自らの内に巣食うありとあらゆる責苦に苦しみ、呪いや魔詩を吐き続け、それが海を荒らして多くの船を沈ませるのだ。そなたは本当にそうなることを望むのか?」
青年はゆっくりとうなずいた。
「ええ。私はあなたの救いを得るに値しない人間です。いっそ海に飲まれる前に、悪霊に喰われ消えてしまえばよかった」
「そなたがどんな罪を犯そうとも、その死をもってすべては贖われる。私がここにいるのは、そなた達人間の生きてきた苦しみや悲しみを受け取り、再び天へ魂を還すため。善人も悪人も関係ない。それが生きとし生けるものに等しく与えられた唯一のものであり、守らなくてはならない理でもあるのだ」
「けれど、その理から外れる者もいる。だからこの世に悪霊が存在している」
青年の冷えきった声に青の女王は唇を噛みしめた。
そう、青年のいうことは正しい。
「神とて万能ではない。私だってすべてを救えるわけじゃない」
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