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沈黙が辛くなって、私はそっと顔を上げた。そのごく近い距離に、じっと私を見る女の子がいた。
怒っているのとも悲しんでいるのとも違う、なんにもない表情。
そう、なんにもない。感情が読み取れない。
ただじっと、同じなんにもない色の目で私を見ている。
その手が私の手を掴んだ。
一瞬で背中に寒気が走る。そのくらい女の子の手は冷たかった。
直前まで氷でも触っていたかのような冷たい手が、きゅうと私の手首辺りを掴む。その力の強さに眉をしかめてもお構いなしだ。
「帰っちゃダメ。遊ぼ」
「無理、だよ。そういう予定なんだもの」
「遊ぼう」
「…ごめん!」
女の子相手だけれど、私はその時の力いっぱいで相手の手を振り払った。
ふいに、周囲の空気が震えた気がした。
少し感じていた風が止んでいる。木立のざわめきも収まった。
なのに、この場の空気が震えている。ビリビリとした気配が肌を蝕む。
「帰っちゃダメ」
女の子がもう一度を手を伸ばしてくる。何故か、それに掴まったらダメだと…おしまいだと思った。
じりじりと後ずさっていた足が、何の弾みで踵を返したのかは判らない。ただ、気づいた時には神社の外を目指して走っていた。
小さな神社の狭い境内なのに、やけに外までが遠い。それでも鳥居をくぐり抜け、三段ばかりの石段を駆け下りる。
「------ひっ!!!」
そこでようやく安堵が湧き、振り向いた私の目の前に女の子がいた。
低い石段を挟んだ位置に女の子が立っている。
ガラスか何かがそこにあるかのように、顔も体も手のひらも、見えない壁に押しつける形で私を見ている。
その異常さが、逆に私の頭を明快にした。
理由は判らないけれど、この子は神社の外には出られないんだ。
まだ午前中だというのに、そらは晴れているのに、神社の境内だけが異常に暗い。
立っているだけで汗が伝う暑さなのに、向うが側が凍えるようになっていることが判る。
鳥居が隔てるこちらと向う。神社の外と内。私の存在するこの世界と、あの子が出られぬあちらの世界…。
女の子の手が、私には見えない何かに爪を立てる。
もう聞こえない声が、唇の動きで『遊ぼう』と告げてくる。
恨みも悲しみもないけれど、喜びも命の輝きもない瞳が、ただただ私を見つめている。
あ そ ぼ
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