葵の決意

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間違って届けられた回覧板を持って現れた葵………。 初めてカクレマノミを見たとき、 雄にも雌にもなれるコイツらを、 とても羨ましそうに眺めていたっけ。 人間ほど、 女が弱い立場の生き物はないからな。 「………お前、長生きしろよ」 俺が水槽に向かってそう言うと、 気の強いカクレマノミが、 俺の方へ向かって泳いできた。 「カワイイやつめ」 別れを切り出した俺を、 全身で抱き締めて泣く葵の顔も、 すげ可愛かった。 「お前はさぁ、早く他の奴と溶け込めよ」 気の強いカクレマノミは、周りに避けられてるから、 いつも一人ぼっち。 葵は、気弱なんだけど、 ネガティブなオーラと、すげ固い殻がありすぎるから、 なかなか、 周りは寄っていけないんだよ。 その葵が、声を取り戻して、 再就職をして、 新しい一歩を踏み出した。 「俺みたいな棺桶に片足突っ込んだような奴、 足枷にしかなんねーじゃん?」 水槽に向かって話しかける滑稽な俺の姿を、 親父は見慣れているので何も言わずに、 風呂に入る準備を始めていた。 「あーあ。もっとイチャイチャしたかったよな、 風呂も一緒に入ったことねぇし」 ″二度と来んな″ あんなことを言って、後悔してないわけない。 「でも、 わかったんだよ」 初めて抱いた葵は、 とても可愛かった。 受け身でいるだけじゃなくて、 不完全な俺にも十分過ぎるくらいの愛情と愛撫を注ぐ。 「悲しい人魚姫から、 幸せになれる人間のお姫様に変えてやれるのは、 絶対、俺じゃないってこと」 弱いもの同士、 寄り添っていたら、 いつかまた、沈んでしまう。 「俺の葬式で泣いてる葵なんて、 俺は幽霊になっても見たくねぇ」 生ゴミ捨てられるみたいに死んでいく俺の姿なんか、 見せられない。 image=496377637.jpg
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