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おそらく、貧困の極みでも飢えているわけでもないので、心に余裕というものの入る隙があるからだろう。毎食、腹は満たされている。
尾張は川が多くて水不足とも無縁な上、下流域ゆえに肥沃な土地だ。そのため収穫量が多い。その上、織田家の下にいれば、あちこちから搾取されることもない。
それでも農民は、土倉、商人や武士に比べれば貧しいが、ひもじい思いはしていないからか、とても幸せそうであった。実際、幸せかと問えば、十人中九人が幸せだと答えた。
濃姫には彼らの気持ちが何となくわかった。夫のために生きることが幸せという、濃姫やその母の心根に通じるからだ。
村の衆の野良仕事を眺めながら、信長と濃姫のやり取りを聞いていた、供の意足軒が言った。
「税が安けりゃ、民は友になる。まこと、その通りです。武士は領地の広さでなくて、銭の量――それに気付いた殿の祖父君様は素晴らしいお方でございましたな。そのお考えを受け継ぐ殿の父君様も、そして、殿ご自身も素晴らしい」
意足軒は大袈裟なくらいに、織田弾正忠家三代――信定・信秀・信長を褒め称えた。
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