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「おち…ない」
春になったと言えど雪解け水のそそぐ泉の水は凍るように冷たい。
娘は最初刀についた《闇》の凝り〔コゴリ〕を落とす為に泉にきた。
刀の凝りが落ちたか確かめるため、娘は刀身を月明かりにかざす。
鈍く光る刃。黒く凝った物がおちただけで、《闇》自体は刃に染み付き落ちない。
染み込んだ《闇》を落せるものはいないのだ。
娘は己の手についた凝りを落とそうと泉に手をつける。
皮が剥けそうな勢いで両手をこする。何度も、何度も。
両手を眼の前にかざす。先ほど刀のを確認したように。
手は青白く凝りはない。
「…落ちない」
娘は着物のまま泉に一歩、また一歩と踏み出す。水面が膝上に達したとき、娘は崩れ落ちる。
「…落ちない、お…ない、オチ、ない、お……ないよぉ」
娘の両の眼から頬を伝い雫が水面に落ちていく。
いきものの気配がない静寂の泉から、娘のすすり泣きだけが聞こる。
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