第1章

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「おち…ない」 春になったと言えど雪解け水のそそぐ泉の水は凍るように冷たい。 娘は最初刀についた《闇》の凝り〔コゴリ〕を落とす為に泉にきた。 刀の凝りが落ちたか確かめるため、娘は刀身を月明かりにかざす。 鈍く光る刃。黒く凝った物がおちただけで、《闇》自体は刃に染み付き落ちない。 染み込んだ《闇》を落せるものはいないのだ。 娘は己の手についた凝りを落とそうと泉に手をつける。 皮が剥けそうな勢いで両手をこする。何度も、何度も。 両手を眼の前にかざす。先ほど刀のを確認したように。 手は青白く凝りはない。 「…落ちない」 娘は着物のまま泉に一歩、また一歩と踏み出す。水面が膝上に達したとき、娘は崩れ落ちる。 「…落ちない、お…ない、オチ、ない、お……ないよぉ」 娘の両の眼から頬を伝い雫が水面に落ちていく。 いきものの気配がない静寂の泉から、娘のすすり泣きだけが聞こる。
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